「これは売れそうだ」と思った自信のある良い商品や技術なのに、なぜか売れない。

 きっと同様のことで悩んでいらっしゃるビジネスパーソンの方は少なくないでしょう。では、なぜ売れない、あるいはヒットしないのでしょうか。顧客がほしいもの、つまり市場性があるものが手に取るようにわかり、その実現に注力し、いいモノをつくった会社が勝つ時代は終わったからです。かなり普及してきた言葉ですが、今はもう単純にモノを売る時代ではなく、コトを売る時代になった。単なるモノではなく、ユーザーの体験を売る時代になったとも言われています。その視点が欠けてしまっているからでしょう。

 実際に近年では、“モノ”だけでなく、モノ自体がユーザーの体験を変えた場合、その商品は爆発的なヒットを遂げています。

iPodはかっこいいから
売れたわけじゃない

2001年に発売し、現在まで爆発的ヒットとなっているアップルの「iPod」

 その最たる例が、アップルの「iPod」でしょう。1985年にアップルを追放されたスティーブ・ジョブズは、業績不振に陥っていた同社に96年に復帰し、97年には暫定CEOに就任します。その後、徐々にアップルの業績も改善し始めますが、急激に回復したのは2000年頃からでした。その背景にあったのが、iPodの発売です。

 みなさんご存じのようにiPodは、携帯型デジタル音楽プレイヤーです。コンピュータ会社であったアップルが2001年に音楽プレイヤーを発売し、爆発的大ヒットとなったことに違和感を覚えた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、アップルが開発しているものは、以前から、コンピューターやハードウェアの領域を超えたユーザーの体験でした。マッキントッシュというコンピュータが優れたUIを備え、ユーザーの体験を変えたことと、思想は同じです。

 iPodという製品は、かっこよいだけではありません。「iPod」というハードウェアと「iTunesストア」というコンピュータで音楽をダウンロードできるサービスを同時に作り、その組み合わせによって、私たちの体験を大きく変えたのです。つまり、iTunesによって、人々は好みの音楽を聴くために、わざわざお店へ出かけることなく、自宅で曲を購入できるようになりました。

 それまでにも、コンピュータで曲を購入できるミュージックストアがインターネット上にあったのは事実です。しかし、それらは製品と組み合わさったものではなく、自社の製品の組み合わせでユーザーの体験を変えたのはアップルが初めてのことでした。

 アップルは多くのレーベルと力強い交渉を行い、彼らに屈辱的ともいえる価格で音楽を販売する条件を引き出して、それを実現することができました。当時、各レーベルは音楽の違法ダウンロードで大きな痛手を被り、売上の多くを奪われていました。そうしたなかで、アップルが合法的な手法で音楽配信事業を行ったために、レーベルも同意しないわけにはいかなかったのです。

 音楽がこんなに安い値段で買えて、しかも自宅でダウンロードできるうえ、こんなにかっこいいプレイヤーで聴ける。そんな商品があれば、当然、人々の体験は大きく変わります。