気鋭のベンチャーキャピタリストが、スタートアップのための戦略論を説く連載の第7回。今回は、スタートアップは「プロダクトのリリース後に何をすべきか?」です。プロダクトのことだけを考えればよかった時期を終え、多面的な思考と判断が求められるようになったときに注意すべきことを詳細に解説します。

リリース直後にはとにかく
ユーザに継続して使ってもらうことだけを考える

 度重なるプロトタイピング、ユーザテストを経て、Green Lightingをくぐり抜けたら、いよいよ本格的にプロダクトのリリースとなります。プロダクトのリリース直後は、何を差し置いてもユーザからの支持を勝ち取ることが重要になってきます。特に、一度使ってもらったユーザに満足してもらい、何回もリピートして継続的に使ってもらうことこそが重要です。

 長い開発期間を経て、ようやくプロダクトを世に出したタイミングでは、「訪問者数」や「ダウンロード数」などの一番数が膨らみやすいユーザ数系の数字を追い、目立つ形で“成果”を掲げる誘惑に駆られがちです。しかし、本質を考えると、ざるに水を流し込んでも、水を貯めることはできず、じゃぶじゃぶ流れ出していってしまうだけです。そういった意味では、水を流し込む前に、水漏れを止めるのが先決なのです。プロダクトリリース直後では、ユーザ数系の数字を追うことよりも、プロダクトのチューニング(修正や改善)により、ユーザの流出や脱落するポイントをひとつひとつ潰していき、ユーザが貯まっていくようにすることこそが、最も重要なのです。

 よって、ユーザに継続的に使ってもらうプロダクトにするというゴールに対する、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標=ゴールを達成するために目標管理すべき指標)も、ユーザの継続率(またはその裏返しとしての脱落率)やプロダクト上でのアクション数など、ユーザがプロダクトを継続的に、頻度高く使っているかどうかの指標にすべきです。そして、それら継続系の指標の目標を立て、ひたすらその数字を改善するPDCA(Plan:計画、Do:実行、Check:検証・評価、Act:改善・施策のオペレーションのサイクル)を回すことに集中すべきです。

時にはあきらめる勇気も必要

 一方で、継続系の指標のポテンシャルは、そのプロダクトのジャンルの特性、そのププロダクト固有の設計によって、2段階で先天的に規定されています。たとえば、ジャンルの特性という視点では、LINEのようなメッセンジャーアプリは、毎日、または一日に何日も使うようなものですが、旅行の予約サービスは年に数回、旅行に行くときにしか使うものではありません。また、プロダクト固有の設計という視点では、たとえばソーシャルゲームは、バトル系や農園系といった同じジャンルのゲームの中でも、個別ゲーム固有の設計によって、継続率がどこまで引き上げられるか決まってきます。だからこそ、いったんヒットするゲームシステムが開発されると、それを開発した企業による同じシステムの横展開はもちろん、競合企業によるゲームシステムの“オマージュ(簡単に言うと真似)”が多くみられたのです。

 つまり何が言いたかったかと言いうと、プロダクトのジャンルによって、そのプロダクトの継続系の指標の目指すべき数値は決まってきます。そして、いったんある程度プロダクトの設計が固まってしまうと、そのプロダクト固有の継続系指標の上限値も決まってしまいます。ですので、プロダクトをリリースして、あまりにも継続系の数値が低い、チューニングをしても目指すべき数値からは程遠い場合は、勇気を持って早期にそのプロダクトの損切りをするのも大切です。

 たとえば、ジャンルとしての継続系の数値のポテンシャルが比較的高いコミュニティ系のサービスでは、月間アクティブ率(ユーザのうち月に1回は使うユーザの割合)が30%程度は行くでしょう。しかし、リリースしたプロダクトが、いきなり月間アクティブ率が一桁%しか行かず、数週間チューニングをしても10%を超えるような大幅な改善が見られない際には、もうそのプロダクトの設計上の限界としてあきらめたほうがよいかもしれません。ここで陥りがちな罠が、思い入れがあるが故に、ひとつのプロダクトに固執をして、見込みがないのにズルズルと続けてしまうことです。だからこそGreen Lightingの仕組みの一環として、リリース後の撤退基準も明確に決めておき、それを厳格に運用することが重要になってくるのです。

 一方で、ひとつのプロダクトが失敗に終わったからと言って、ピボットをしてまるっきり違うドメインに転換する必要もありません。ドメインとしての魅力度が否定されるような新事実がわかったり(実はドメインとしての継続率のポテンシャルが高いと思っていたら、競合も継続率は低かったなど)、外部環境の変化(LINEのような独占的に強力な競合の出現など)で魅力度が落ちたのでない限り、あくまで自社がプロダクトに落とし込むところでエグゼキューション(実行)をミスしたということです。その場合は、前のプロダクトでの学びを活かして、同じドメインでもう1回次のプロダクトにチャレンジすべきです。プロダクトは(特に「C」向けのプロダクトの場合は)、少なからず確率論のヒットビジネスです。一打数目でいきなりヒットがでるとは限りません。ヒットのでる可能性がある魅力的なドメインである限り、打席数を稼ぎながら、ノウハウをため、ヒットがでるまで粘り強く同じようなプロダクトを作り続けるべきです。