ベンチャー企業の経営者として実務に携わり、マッキンゼー&カンパニーのコンサルタントとして経営を俯瞰し、オックスフォード大学で学問を修めた琴坂将広氏。『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社)の出版を記念して、新進気鋭の経営学者が、身近な事例を交えながら、経営学のおもしろさと奥深さを伝える。連載は全15回を予定。

経営学に対するよくある誤解

 私は先日、『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社)を上梓させていただきました。

 本書は、いわゆる経営学の教科書とは一線を画した構成で仕上げました。実務家の方々でも読みやすい構成でありながら、しかし、できる限り欧米の経営学の最先端の知見を引用し、グローバル経営に関する1つの「知の系譜」を紹介しています。

 本質的には国際経営を主題とした作品ですが、第1部では「経営学は何か」という議論に紙面を割いています。それは、経営学の世界は一般にとらわれているような狭い世界ではなく、領域を超え、垣根を越え、多様な対象と議論を織り込んだ白熱した研究領域となりつつあることを、まずはご紹介したいと考えたからでした。

 そこで今回は、タイトルでもある「領域を超える」の意味ついて、簡単にそのイメージをご紹介したいと思います。

 さて、経営学の研究というと、みなさんはどんなことを思い浮かべるでしょうか。たとえば、

  ・成功する企業の成長の経緯を詳細な事例研究で読み解く
  ・高収益を上げる企業の特徴を統計的に分析する
  ・著名な経営者の成功の哲学を知る
  ・効率的な行政府の運営手法を考案する
  ・非営利組織の特性を加味した上での経営理論を議論する

 など、とても堅苦しく、いわゆる「株式会社」のように法的に定義された人格を研究対象として、その最先端の「戦略」や「組織」を議論していくようなイメージを持たれているのではないかと思います。

 そして、経営学の理論といえば、「ファイブフォース分析」や「SWOT分析」のように、これまたいわゆる経営学の独特な言葉づかいを想像される方が多いでしょう。あるいは、経営者のインタビューや従業員への質問票調査を思い浮かべる人も多いかと思います。

 実は、これはよくある誤解だと言えます。

 もちろん、これらは経営学の重要な一部です。しかし、最先端の経営学の世界は、それだけにとどまる狭い世界ではありません。

 本書のタイトルにある「領域を超える」という言葉には、第一に、経営学が持つ特殊な性質を示す意味が込められています。この言葉の背後には、経営学が、伝統的な経営学の範疇を超えて、「経営という行為と、それを行う組織と個人」を幅広く研究対象として議論する、極めて広範な学問となりつつある事実があるのです。

 無論、「領域を超える」という言葉には、企業が国境のような地理的な境界を乗り越えていく、つまり「国際化していく」という意味も含まれています。しかし、この記事ではまず、経営学が持つ「領域学的な性質」について、少しばかりのイメージを掴んでいただきたいと思います。