2011年3月11日の東日本大震災から、間もなく4年目を迎える。3.11を1000年に一度の災害だったという人がいた。1945年の敗戦以来の歴史 的事件だったという人がいた。「絆」「がんばろう」と多くの人が叫んでいた。震災復興を語りたがる人で溢れていた。あれから3年が経ち、そして、誰もいな くなった。
いまこそ、問おう。大仰な文明論が牽強付会に語り続けられた熱狂の果てに、何が変わり、何が変わらなかったのか、と。ここで動かなかったならば、いつ動けるのだ、と。
本連載が問うのは、その一つの糸口だ。そこにはシンプルな疑問がある。「日本の企業は、3.11後の社会に何ができたのか?そして、そこで何が変わったの か?」人は「3.11を忘れてはならない」と繰り返す。しかし、これまで通りそう繰り返すだけで、風化に抗うことはできるのか。震災以前から注目されてい る日本企業の社会貢献の重要性、その現実を追う。

 なぜ、被災地に関わりたくても関われないのか

「なぜ、企業が被災地に関わりたくても関われないのか。あらためて考えてみると、いくつかの理由が思い当たりました」

「一番大きいのは、『いつ、どれくらい成果が出るのか?』という、当然、経営陣から出てくる問いに答えられないこと。たしかに、被災地での事業を通してイノベーションが生まれたり、社会的責任を果たす機会にできる可能性はあります。そこに力を入れたい気持ちがないわけでもない」

「しかし、どれだけ時間がかかるのか、あるいは、どれだけの規模の収益になるのか。都市部での通常の事業の一貫であれば、大体の時間や収益規模が見えますが、明確に測りづらいという課題があります。そこが1つのボトルネックです」

「もう1つ、仮にそれでも『やるぞ!』となったとしても、動けない理由があります。それは、『やってみてダメだったらやめちゃえ』というわけにはいかないということです」

「普通、企業はトライ&エラーをしながら、うまくいく新規事業を探していきます。しかし、被災地に対して、トライはしてもいいだろうが、エラーをしたときに『やっぱりこれはうまくいかないようなので手を引きます。お疲れ様でした』と簡単に言えるのか」

「現地の人の中には『それでも来てくれ』という人もいるかもしれないけど、やはり『中途半端につまみ食いして、美味しくないとなったら逃げていく』と見られるのではないかと気づかってしまいます」

「最後の理由が、この『気づかい』です。たとえば、被災地について言及にしようとすると、普段ではありえない気づかいをすることになる。被災地で事業活動を考えるうえでも、『被災地で儲ける』ということを少しでも匂わせる表現をしてはいけない、と一言一句確認する必要があります。事業活動をするうえで、どこかに地雷が常に埋まっているような状況で動くのは、非常にハードルが高い」