安定した住環境は、人間の生活の基盤と言ってよい。低所得層向けの住宅政策は、社会保障を考えるときに「最重要」と言っても過言ではない。

日本は1945年の敗戦以後、住宅政策の多くを米国に学んできた。その米国の低所得層向け住宅政策は、どのような変化をたどり、どのような現状となっているのだろうか?

「つまみ食い」ではなく
先進事例に学ぶには?

 今回は、米国・ニューヨーク市の低所得層向け住宅政策がどのような変化を遂げてきたかについて解説する。

 低所得層向け住宅も含め、戦後日本の住宅政策は、ほぼ米国の模倣から始まっていると言ってよいからだ。たとえば、昭和世代にとって懐かしい風景の一部である「団地」のルーツも、米国にある。

 日本で検討された、あるいはこれから検討されようとしている低所得層向け政策の多くは、住宅政策に限らず、既に米国で実施されている制度をモデルとしていることが多い。中には、米国での施行から20年ほどの時間が経過し、米国では既に「これは良くない」という判断のもとで方針転換が行われている制度もある。

 であれば、米国に存在する数多くの先行例と、その先行例の結果から学ぶことには、大いに意義がありそうだ。ただし、日本で受け入れられそうな事例を都合よく「つまみ食い」するのでは、意義ある何かを学び取ることはできない。失敗やその原因も含めて学ぶ必要があるだろう。

 今回は、大規模公営住宅の建造が米国でどのような背景のもとに考案され、結果はどうなったかを中心に紹介したい。

既視感を覚える
ハーレムの大規模住宅

 ニューヨーク市・マンハッタン区の北部に、「ハーレム」という地域がある。アフリカ系アメリカ人が数多く居住していることで知られている地域だ。ここには、いくつかの大規模公営住宅が存在する。建造された時期は概ね、1950年代~1960年代。日本に「団地」が出現し始めたのと、ほぼ同時期だ。

 筆者は2014年2月、大規模公営住宅の一つの前に立ってみた。1957年(昭和32年)に完成した「Grant Houses」である。「大規模」といってもニューヨーク市の大規模団地の中では小規模な方だ。瀟洒なレンガ色の、鉄筋コンクリートの建物が9つ。それぞれの建物は13階建て、あるいは21階建て。戸数は1940戸。約4500名が居住していると見られている。広い敷地の中は、ちょっとした公園のように小ぎれいに整備されている。

安価な公営住宅は低所得層の「住」を解決できるか?<br />米国・ニューヨーク市の悪戦苦闘の歴史に学ぶニューヨーク市・ハーレム地域にある大規模公営住宅「Grant Houses」。1957年完成。建物の外装も敷地内も美しく整備されているが、近辺の道路には警官がおり、暴力行為その他のトラブルに備えて待機している
Photo by Yoshiko Miwa

 筆者は、激しい既視感を覚えた。日本の大規模公営住宅と、雰囲気が非常に似ているのだ。たとえば東京都新宿区には、東京都営・戸山団地がある。同様に鉄筋コンクリートの建物が並んでいる戸山団地は、全戸数が約2300戸。「Grant Houses」とほぼ同規模といってよいだろう。戸山団地に隣接して、戸山公園がある。違いは、建物の「見た目」だけだ。