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野口悠紀雄 未曾有の経済危機を読む

「日銀引き受けで25兆円支出増」という思考実験――パンドラの箱を開ける

野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
【第2回】 2008年12月20日
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 アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)は、12月16日に事実上のゼロ金利を決定した。いまや、日米金利差は逆転してしまった。したがって、日銀が金利引き下げを行なっても、格別の効果は期待できない。

 ところで、「現在の日本の状況はケインズ経済学によって理解できる」と前回述べた。ケインズ経済学が提唱する経済政策は、財政拡大だ。それは、現在の日本で意味があるだろうか?

 これからの日本で生じるのは、輸出という外生的需要の急縮小だ。それに対抗して財政支出を拡大し、経済全体の有効需要の落ち込みを回避するのは、当然ありうる政策である【注1】。

 私はこれまで、財政拡大という考えには否定的だった。それは、以下で述べるような「無駄遣いの大盤振る舞い」になることが、現在の日本の政治環境の下では明らかだからである。

 しかし、いまは、発想を転換させる必要があるかもしれないと考えている。その理由はいくつかある。

 第1に、これから予想される需要の落ち込みがあまりに大きいため、無駄を心配するのは適切でないかもしれないからだ。放置して大量の失業と遊休設備を発生させるよりは、無駄があってもそれらを活用するほうがよいかもしれない。映画「七人の侍」のなかで、村の古老が「首を切られるかもしれないときに髭の心配をしてどうする」と言う場面がある。いま日本が置かれているのは、そうした状態かもしれない。

 第2に、ひょっとして財政拡大をうまく活用し、都市インフラの整備を進めることができるなら、日本社会を転換させることができるかもしれない。それは大変難しいことではあるが、不可能ではない。金融緩和と円安方向の経済政策は、輸出産業にとって有利な政策である。それに対して財政拡大によるインフラ整備は、国民生活を豊かにする。そして、日本の産業構造を輸出産業中心のものから、脱却させるだろう。そうした「日本経済大転換」構想は、少なくとも考えてみる価値はあると言えるだろう。

 第3に、財政拡大の可能性を頭から否定して目を向けないでいても、現実の政治の世界でその方向がなし崩し的に行なわれる可能性は強い。そうなれば、財政拡大の望ましくない側面だけが実現してしまう危険がある。それよりは、可能性を虚心坦懐に検討し、そこにいかなる問題があるかを具体的に探ることのほうが重要であろう。

 ただし、以下に述べる政策(とくに、日銀引き受け国債発行)が、多大の副作用を伴う劇薬であることは事実である。それは、日本社会を破壊してしまう危険性をも持っている。だから、私はこれを必ずしも望ましいものとは考えていない。ましてや、ただちに行なうべきものとは考えていない。以下に述べることは、一種の思考実験であると理解していただきたい。

【注1】開放経済下のマクロモデルである「マンデル=フレミング・モデル」では、前回述べたように、「財政拡大は無効」とされる。しかし、それは、「現在からの経済拡大を意図する財政拡大が、輸出減少によって打ち消される」という意味だ。外生的な需要の落ち込みを補填する財政拡大は、意味がある。

 なお、標準的なマンデル=フレミング・モデルでは、輸出が外生的に減少すると金利が低下して円安になり、輸出が増える。つまり、金利と為替レートの変動による自動調整効果が働く。しかし、日本の現実では金利が流動性トラップの状態に落ち込んでしまっているために、このメカニズムが働かない。これは、単純な「所得=支出モデル」で現状をかなり正確に理解できることを意味する。

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野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]

1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2011年4月より早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問、一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。主な著書に『情報の経済理論』『財政危機の構造』『バブルの経済学』『「超」整理法』『金融緩和で日本は破綻する』『虚構のアベノミクス』『期待バブル崩壊』等、最新刊に『仮想通貨革命』がある。野口悠紀雄ホームページ

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