NHK大河ドラマ「龍馬伝」の題字をはじめ、さまざまなメディアや企業から依頼が絶えない話題の書道家、紫舟氏。彼女はどのような教育を受けて育ってきたのだろうか。
(聞き手は、子どもの学習支援や成人向け就労支援事業などを行う株式会社LITALICO代表の長谷川敦弥氏。構成は書籍オンライン編集部)

家の天井を見て
ひとり空想にふける子どもだった

書道家、紫舟氏インタビュー<br />鍵っ子だったから才能が伸びた紫舟(シシュ―)
書道家/アーティスト。日本の伝統的な
書を、意志を表現するアートとして、書画・
メディアアート・彫刻へと昇華させ、世界に
発信。主な作品は、NHK「龍馬伝」
「美の壺」、伊勢神宮「祝御遷宮」、
春日大社「祝御造替」、東大寺書初奉納、
日本政府「JAPAN」など。手島右卿賞や
G1サミット新世代リーダーアワードなど
受賞歴多数。今年は、10月代官山
ヒルサイドテラス個展、11月NY個展、
12月宮崎都城個展、そしてフランス・
ルーヴル美術館地下会場カルーゼル・デュ・
ルーブルにて作品展示予定。
ウェブサイト
http://www.e-sisyu.com/

長谷川 紫舟さんは、どのようなお子さんでしたか。

紫舟 両親が共働きだったので、私は幼稚園の頃から鍵っ子だったんです。家に帰っても誰もいないので、寂しさや退屈さを紛らわすためにひとりで遊んでいる子どもでした。部屋に埋め込まれているガラスブロックや天井の柄を見て何かを空想したり、いらなくなったボタンの色を分類したり、大きさ順に並べたりしていました。

長谷川 お店で売っているようなおもちゃでは遊ばなかったのですか。

紫舟 人形はありましたが、少なかったです。レゴブロックのような、組み立てて遊ぶようなものはありましたが、それくらいです。あとは両親が庭に砂場を作ってくれたので、砂場遊びはよくしていました。

長谷川 ご両親から、「家ではこう過ごしてほしい」という要望はありましたか。

紫舟 母親が自分の声で童話を吹き込んだカセットをたくさん用意してくれました。家に帰ったら聞くようにと。母親の声がするので大切に聞いていましたね。

長谷川 読み聞かせの代わりなのでしょうか。お優しい方ですね。ご両親との関係はどうでしたか。

紫舟 母親はすごく優しくて、甘えさせてくれました。父親は「昭和の父親」像そのままという感じです。夕食はだいたいいつも一緒に食べていたんですが、父親とはあまり話していないですね。