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気になるあの人の才能の磨き方
【第1回】 2014年5月16日
著者・コラム紹介バックナンバー
長谷川敦弥

羽生善治三冠インタビュー
「親の期待がなかったから強くなれた」

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突き抜けた才能を持つ人たちは、子どもの頃にどんな教育を受けていたのか。また、大人になった今も、どのように自身を磨いているのか。連載第1回は、将棋の羽生善治三冠を取材。将棋界で初の7タイトル独占(七冠)を達成した「天才」は、40代になった今もなおトップ棋士としてしのぎを削っている。日々更新される将棋の「常識」とどう向き合い、闘い続ける極意について伺った。
(聞き手は、子どもの学習支援や成人向け就労支援事業などを行う(株)ウイングル代表の長谷川敦弥氏。構成は書籍オンライン編集部)

将棋よりサッカー漬けの
小学校生活

羽生善治(はぶ・よしはる)
1970年埼玉県生まれのプロ将棋棋士、三冠(王位・王座・棋聖)。十九世名人、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将、永世棋聖の資格保持者。タイトル獲得数、歴代1位。現在、第72期名人戦七番勝負で森内俊之名人との熱戦を繰り広げている。
名人戦速報 http://www.meijinsen.jp/

長谷川 幼少期の羽生さんはどんなお子さんでしたか。

羽生 宿題や勉強はそれなりにやっていました。端的に言うと「支障がない程度にやっていた」という感じです。得意科目は算数でした。

長谷川 将棋を始めたのは……。

羽生 小学校1年生の時です。

長谷川 学校の先生から褒められたことはありましたか。

羽生 あまり学校の先生から褒められたっていう記憶はないですね。怒られたっていう記憶もほとんどありません。自分で言うのも何ですが、非常に印象の薄い生徒だったと思います。

長谷川 算数が得意だった理由は何ですか。

羽生 小学校2年生から中学3年生まで、公文式をやっていました。当時、『ドラえもん』(当時は、テレビ朝日で月~土曜の18:50~19:00、毎日放送されていた)が始まる前まで公文の宿題をやり、番組が始まったらテレビを観るというのが日課でした。

長谷川 小学校では何をして遊んでいましたか。将棋一筋だったのでしょうか。

羽生 いいえ、そんなことはありません。流行りものも、ひと通り遊びました。ルービックキューブとかヨーヨーとか。休み時間は、小学校の高学年の頃は、だいたいサッカーをしていました。『キャプテン翼』の漫画とともにサッカーが流行り始めた頃だったので。郊外の学校でグラウンドが広かったこともあり、20分休みや昼休みなどの長い休み時間は、ほとんど外でサッカーでしたね。

家に帰ってからは将棋を指すことが多かったと思いますが、学校ではクラブ活動の週1回以外は将棋はやりませんでした。

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長谷川敦弥(はせがわ・あつみ) 

1985年生まれ、岐阜県出身。名古屋大学理学部卒業。大学を休学し、ITベンチャー企業にて3年間インターンシップを経験。卒業後、2008年に障害者支援企業のウイングルに入社。入社後わずか1年3ヵ月、24歳で代表取締役社長に就任する。「障害のない社会をつくる」というビジョンを掲げ「多様な教育機会と社会での活躍」というワンストップサービスを提供し、福祉、教育分野に変革を起こしている。「世界を変え、社員を幸せに」が理念。尊敬する人物は坂本龍馬、孫正義。


気になるあの人の才能の磨き方

突き抜けた才能の持ち主は、子どもの頃、どのような教育を受けてきたのだろうか。大人になった後も、どのように才能を磨いているのだろうか。障がいのある子どもの才能を伸ばすべくオーダーメイドの幼児教育を行なう株式会社LITALICO(旧社名:ウイングル)の長谷川社長が、各分野で偉業を達成した「天才」たちに話を聞き、「才能の磨き方」を探る。

「気になるあの人の才能の磨き方」

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