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双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける
【第5回】 2014年9月19日
著者・コラム紹介バックナンバー
ティム・スペクター,野中香方子

がんは「遺伝子スイッチ」で治す!
――一方だけが乳がんになった双子と「がん遺伝子」

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癌治療は、遺伝子を操れるかどうかにかかっている――。
一見「夢物語」のような「遺伝子操作」が、いま現実のものとなろうとしている。その鍵を握るのが、遺伝子によらない遺伝の仕組み「エピジェネティクス」だ。
このエピジェネティクス研究の最前線を担うものこそ、双子にほかならない。体重差が27キロある双子、一方だけがアスペルガー症候群になった双子、ゲイとストレートの双子……。本連載に登場した、「遺伝子が同じなのにまったく違う」双子の存在が、遺伝子だけでは説明できない遺伝の真実へと導いてくれるのだ。双子研究の権威が著書『双子の遺伝子』で迫った、癌と遺伝子の本当の関係とは?

マレンとクリスティンの場合
――なぜクリスティンだけが乳癌になったのか

 スペイン旅行の最中に、クリスティンは胸にしこりがあることを双子の姉妹であるマレンと母親に打ち明けた。彼女はまだ23歳だった。

 帰国後すぐ、かかりつけの医師の診察を受けた。医師は、避妊用ピルに対するホルモン反応だろう、と言った。クリスティンは医師に、乳癌ではないかと話したが――彼女の祖母は30代で乳癌になったが、75歳まで生きた――、医師は気にかけず、月見草オイルを処方した。だが痛みは続き、6ヵ月後、長期出張していた中国から戻った彼女は、別の開業医を訪ねた。今度の医者は診察もせず、ピルを変えるよう指示した―しかし、ピルをやめても痛みは続いた。数週間後、母親に強く勧められ、クリスティンは最初の医者のところへ行って、地元の総合病院を紹介してくれるよう頼んだ。そして、そこでついに正しい診断が下された。乳癌だった。

 「ショックでした。それに、マレンに告げるのは苦痛でした。むしろ彼女のほうが辛いだろうと思いましたし。けれども、真実を知らせて、彼女にも検査を受けさせなければならなかったんです」と、クリスティンは言った。マレンはすぐMRIで調べたが、異常はなかった。クリスティンのほうは、検査を進めるにつれて、さらに悪い知らせがもたらされた。腫瘍はすでにかなり大きくなっていて、脊椎に転移していたのだ。クリスティンは淡々と語った。「ステージ4でした。癌にステージ5はないのです」

 それから3年が過ぎたが、驚くべきことにクリスティンはとても元気だ。これまでに化学療法と放射線療法で腫瘍を縮ませ、乳房を切除した。以前、会った時には、頭髪がなくなっていたが、今では再び生えてきている。放射線療法と腫瘍のせいでつぶれた椎骨にはセメントを注入した。そして、抗癌剤として抗エストロゲン剤のタモキシフェンを服用している。「いちばん嫌だったのは、頭がはげちゃって、双子だと思ってもらえなくなったことです。―本当に、最悪だったわ。でも、今はずっとよくなってきているし、またマレンに似てきました」

 クリスティンとマレンの両親はイギリス系ドイツ人だった。彼女らは、子ども時代の前半をドイツで暮らしたが、1990年代半ばに両親が離婚したため、イングランドの中部地方に移り住んだ。学校では、「長身でやせっぽちでブロンドのドイツ人」として知られていた。ふたりはとても仲がよく、同じ授業に出て、同じ上級クラスに進み、そろって最高の成績(AAA)を修めた。19歳まで同じ環境で同じように育ち、ギャップ・イヤー(大学への進学を延期して社会経験を積む期間)には、一緒にオーストラリア一周旅行までした。大学は違ったが、毎日おしゃべりした。

 「最初に聞いた時、なぜわたしじゃなくて、クリスティンなのって思いました」と、マレンは言う。「でも、その後、どちらが癌になりそうかと聞かれたら、きっとクリスティンだと答えるだろう、と気づいたのです。健康上の問題を抱えていたのは、いつもクリスティンでした。頭痛になったり、ホームシックにかかったり。彼女は盲腸も切ったし、親知らずも抜いたけど、わたしはどちらも持っています」。クリスティンも同じように感じていた。「わたしのほうがちょっと弱くて心配性で、ストレスも多く感じていました。マレンはいつも、少しばかり強かったんです」

 それ以外に、クリスティンが癌になってマレンはならなかった理由は見当たらない。出生時の体重も同じ――3200グラム――で、安産だった。ふたりとも健康に育ち、初潮は遅く――14歳と15歳――生理が不順で、17歳で最初のボーイフレンドができた。マレンは避妊用ピルが体に合わず、数週間で使うのをやめたが、クリスティンは2年間使った。ドイツに住んでいた頃は、ドイツ伝統のソーセージとジャガイモ中心の食事をし、イギリスでは、母の作るフィッシュフィンガー(白身魚のフライ)を食べつづけた。クリスティンが癌と診断されてからは、ふたりとも乳製品も摂らない厳格な菜食主義者になった。

 オックスフォード大学で行われた遺伝子検査で、クリスティンが、乳癌をもたらす稀な変異「BRCA1」と「BRCA2」を持っていないことがわかり、マレンはほっとした。マレンは、今では毎年スキャンを受けている。クリスティンは前向きで楽天的だ。

 「病気のことばかり考えてすごすというのもひとつの生き方でしょうが、先のことはわからないし、死ぬことを考えて、毎日、暗い気持ちですごすなんてことは、とてもできません。だから、唯一の答えは生きること。それも、しっかり生きることなんです」

 クリスティンはCoppaFeelという慈善団体を立ち上げ、若い女性たちに自分で行う乳癌チェックを指導し、自分のような発見の遅れを減らそうとしている。

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ティム・スペクター(Tim Spector) 

ロンドン大学キングス・カレッジの遺伝疫学教授で、ガイズ・アンド・セントトーマス病院の名誉顧問医を務める。同病院の双子児研究所の所長も務めており、1992年に英国で世界最大規模の双子研究(UK・ツイン・レジストリ)を立ち上げ、現在にいたるまで指揮している。この研究の対象となった双子は、11,000人を超える。これまでに500本以上の論文を発表し、数々の賞を受賞。また、英国並びに日本も含む世界各国のメディアが著者らの研究を取り上げており、著者自身も出演、及び監修を務めている。 著書に“Your Genes Unzipped: A Guide to How Your Genetic Inheritance Can Shape Your Life”(邦題:『99%は遺伝子でわかる!』(大和書房))がある。

 

 

野中香方子(のなか・きょうこ) 

(Tim Spector)翻訳家。お茶の水女子大学文教育学部卒業。 主な訳書に『エピジェネティクス 操られる遺伝子』『ザ・フォロワーシップ』(ともにダイヤモンド社)、『137億年の物語』『移行化石の発見』(ともに文藝春秋)、『2052 今後40年のグローバル予測』(日経BP社)、『わたしたちの体は寄生虫を欲している』(飛鳥新社)、『脳を鍛えるには運動しかない!』NHK出版)、『ヒトゲノムを解読した男』『生き物たちは3/4が好き』(ともに化学同人)などがある。

 

 


双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける

同じ遺伝子を有し、自然界のクローンとも言われる「双子」。
だが、これまでに出会った双子を思い返してみると、
不思議なことに気づかないだろうか?

「果たして双子は、『クローン』と呼べるほど『同じ』なんだろうか?」

体重差が27キロある双子、
一方だけが乳癌になった双子、
ゲイとストレートの双子……。
本連載に登場する、「同じ遺伝子を持ちながらまったく違う(Identically Different)双子」は、
遺伝子だけでは説明できない「何か」の存在を教えてくれる。

このような、遺伝子によらない遺伝の仕組みが、
いまや生物学・遺伝学だけではなく、
長寿や健康、ガン治療などの観点からも注目を集めている「エピジェネティクス」だ。
本連載は、「同じなのに違う」双子の数奇な運命を通して、
遺伝学の最前線を紹介する。

「双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける」

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