癌細胞の増殖・転移は
「エピジェネティック抗癌剤」で阻止できる

 現在、ニューヨークのスローン・ケタリング記念癌センターでは、生体組織で癌抑制遺伝子のメチル化を調べて、こうした薬の初期効果を予測している。そのデータは将来、臨床の場で日常的に使われるようになるだろう。

癌細胞はエピジェネティックに変化しながら急速に適応していく」という事実は、癌細胞の弱点でもある。エピジェネティックな変化は一時的なものであり、逆転させることができるからだ。

 現在、エピジェネティック抗癌剤の開発が急速に進められており、アメリカ市場には、ビダーザ、ダコゲン、ゾリンザ、イストダックスなど、少なくとも5種のエピジェネティック抗癌剤が出回っている。その他、30種以上が開発中だ。今のところ主に白血病の治療に使われているが、十分な効果が認められており、従来の抗癌剤より副作用が少なく、目標を絞った治療ができる。

 これらの薬は、体に備わっている防御遺伝子の障害物を除いて(つまり、脱メチル化し)、癌細胞により妨げられていた本来の機能を取り戻させる。もうひとつ、最近、Tetタンパク質による巧みな脱メチル化のメカニズムが明らかにされた。Tetタンパク質は、メチル化したDNAにマーカー(ヒドロキシル基)をつけることにより、その修復を促し、メチル化していない状態に戻すのだ。

 こうした進歩には大いに期待できるが、実はこの分野の進歩はきわめて速く、今ではさらに的を絞った研究が進められている。乳癌の腫瘍細胞にしてみれば、骨に転移するには、まず(細胞を結合させている)E‐カドヘリン遺伝子をエピジェネティックに抑制しなければならない。そして、転移を終えて、腫瘍が新しい場所に落ち着くと、そこを流れる血液から栄養を吸収できるよう、その遺伝子を再び活性化する必要がある。

 現在、この腫瘍細胞のたくらみを妨げる薬が開発中で、完成すれば、癌の転移を抑えられるようになるだろう。すでにドイツの企業がSEPT6(癌細胞由来のメチル化遺伝子)に的を絞った、大腸癌のスクリーニング検査を開発し、FDA(食品医薬品局)に承認されている。

 また、バルセロナで研究しているわたしたちの仲間が、かなり希望の持てる結果を出した。一方だけが乳癌を患っている20組の一卵性双生児について調べ、いくつかの癌遺伝子が一方においてのみメチル化していることを発見したのだ。また、いくつかの興味深い遺伝子は、(双子間で)メチル化のパターンが常に異なっていた。これらは乳癌検査のマーカーとしても、創薬ターゲットとしても、期待できそうだ。

(了)

※本連載は、『双子の遺伝子』の一部を抜粋し、編集して構成しています。


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