自然に囲まれた農場で
認知症高齢者が作業

 高齢者ケアの最も大きな課題の一つは認知症ケアである。認知症は、発祥の詳細な原因が未だに解明されず、従ってその根治薬もない。高齢者の増大と共に、認知症者は増えていく一方である。欧米各国とも頭を悩まし、今や「国家戦略」として位置づけ、国を挙げて向き合い出した。

 在宅医療・介護が欧州で最も充実しているオランダでは、10年以上前から様々な政策が繰り出されている。その一方で、民間の自主的な運動も盛んだが、中でも最近注目を集めているのが「農場ケア」である。

 野菜や果物の農場、牛や羊を飼う畜産農家などが認知症高齢者を受け入れ、緑豊かな自然な環境中で共に過ごし、時には肥料や餌やり、収穫、清掃などいろいろの農作業を営む。自然の中で生活することで認知症の進行を遅らせ、施設入所することなく日々の生活を送ることができるという。

 筆者はこの4年前から毎年、オランダの高齢者ケアの現場を視察しており、農場ケアの現場もいくつか訪問してきた。事例を直に見ることで、「農場ケア」が急速に広がりつつあることが実感できた。

 日本でも、同様の動きが期待されそうだ。知的障害者などの働く場として農業との連携は見られるが、認知症高齢者のケアの手法としても大いに参考になる可能性が高い。

農家で認知症ケア――オランダで広がる「農業+介護」ブーラ農園の看板

 オランダの中央部、チーズの生産地として知られるゴーダ市の近郊。水路が行き交うこの国独特の農村の中に、手書きで「ゾルフブールデレイ・ヘット・ブーラ・エルフ」(ケア農場・ブーラの農園)と書かれた木の看板を出す農家がある。草原に牛が寝そべる微笑ましい絵が添えられ、温かい雰囲気に思わず引き込まれる。

 正面にサンルームを張り出したとんがり屋根の建物がある。元は飼料を蓄えるサイロだったが改装してデイルームに仕立てた。その中は、普通の家庭よりやや広いLDK(リビング・ダイニング・キッチン)のワンルーム。昼前に訪ねると、男女同数の6人の認知症高齢者が、半円形に並べられたゆったりしたソファで寛いでいる。

「朝のコーヒータイムの後に、今朝の朝刊を広げて世の中で何が起きているかを話し合いました。これから、みんなで散歩に出ようとしているところです。散歩といってもヤギに餌をやったり、温室で掃除もします」

農家で認知症ケア――オランダで広がる「農業+介護」ヤギに餌をやるブーラさん

 ソファの後ろから説明するのは、この農場を夫と運営しているコリー・ブーラさん(51歳)。この日のスタッフは、介護のプロと研修生、それに調理を担当男性ボランティアの3人。抱える総スタッフは介護職が5人、研修生が4人、それに10人のボランティアが加わる。

 利用者は、最高齢の92歳の女性や元大工さん、元自動車修理工など近在の住民である。朝9時から午後4時まで過ごす。週4日開いており、日本のデイサービスにあたる。昼食は一緒にとるが、入浴はない。家族が送ってくる人やボランティアのマイカーに頼る人、あるいはタクシーで来る人もいる。タクシー代は、介護保険にあたるAWBZでまかなわれる。

農家で認知症ケア――オランダで広がる「農業+介護」ブーラ農園の乳牛たち

 隣の大きな屋根の建物を覗くと、乳牛が両サイドにズラリと顔を揃えている。絞った乳を出荷するのが農家としてのブーラさん夫妻の仕事だ。

「55頭の乳牛によるミルクの収入と介護保険からの収入がちょうど半々です」とコリーさん。この自宅とは別に、近くの修道院を借りてもうひとつのデイサービスも運営している。