処理済汚染水の処理問題は
住民側に議論のバトンが渡っている

かいぬま・ひろし/福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員、福島県いわき市生まれ。06年から福島県原発立地地域の研究を続ける。著書に『漂白される社会』(小社刊)『はじめての福島学』(イーストプレス)など。16年2月に『福島第一原発廃炉図鑑』(太田出版)を竜田氏との共著で刊行予定

開沼 処理済みの汚染水の具体的な処理をどうするかはこれからの問題ですね。スリーマイルでは住民の議論の中で蒸発させた。住民も納得した当初からの想定の通り、その後、その措置による悪影響は出ていません。

 それをそのまま当てはめる必要はないですが、先行する知見は様々な形で存在しているわけで、そういう事実を集めながらどうやって解決するかの議論ははじめないと。「東電・行政がしっかりしろ」というのはそのとおりだけど、あとは、私たちがどれだけ学習しあって、自由に選択肢を検討し「東電・行政はこれをやってくれ」という合意形成できるのかという、民主主義が試されている。バトンは既にこちらに手渡されているわけですよ。いつまでも走りださないとまたパターナリズムが復活するでしょう。そういうフェーズに来ています。

 これからの課題はやはり1~3号機のデブリ(燃料残渣)。取り出しづらいものをどのように高度な技術で出すかの話で高度な技術やそれを支える人材の中長期的な確保が必要になる。そういう話をすべきなのに、例えば、「単純作業の人手不足がヤバくて、刺青ある人とかホームレスの方を無理矢理連れて来ている」というような事故直後に植え付けられた極端なイメージのままで世間の認識は止まっているわけですよ。

――廃炉作業の人手はじゃあ今の段階では足りているんですね。

竜田 現場工事の優先順位の付け方も落ち着いてきているし、あまりムチャな動員はないです。応募してくる人も普通に集まってくる。もっとも1Fの低線量の仕事よりも除染の方が実入りがよかったりするので、そっちに流れる人もいますけど。わざわざ来る人は多少なりとも役に立ちたいと思ってくる人が多い。仕事が欲しい人や地元の人がほとんどですけど。 

 前にちょっとあった「人が全く集まらず廃炉に外国人を雇っている」っていうのはわかりやすいデマですね。日本人同士でもただでさえ装備を着ていると声が聞こえづらいのに、意思疎通ができない人が働けるようなところではない。よけいな被曝に繋がりますし。

 人を集める会社側のやりくりは大変だろうと思いますけどね。ちゃんと技術を持っている優秀な人を確保し続けないとならないけれど、廃炉の現場でずっと働いているとあっという間に年間の被ばく量の限界値を使い切っちゃうから、他の発電所でも働いてもらうとか、現場教育は外でやるとか。線量のやりくりは東電から元請け下請けまでで苦労しているのではないですかね。