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戦略は歴史から学べ
【第14回】 2016年4月22日
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鈴木 博毅

日本人はなぜ目的と手段を混同するのか?
太平洋戦争の敗戦から学ぶこれからの戦い方

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日本はなぜ戦争に負けたのか?国力の差やリーダーの誤判断で片づけずに、戦略の失敗として考えたとき、日米間では戦略の捉え方に対する大きな違いがあることがわかる。日本軍は新たな戦略を生み出す一方で、効果の消えた古い戦略を新たな戦略に差し替えることが苦手。米軍は日本軍の戦略を破壊するイノベーションを狙い続けて戦局を急速に転換させていった。今も昔も変わらない不変の勝利の法則を、ビジネスでも応用できるようにまとめた新刊『戦略は歴史から学べ』から一部を抜粋して紹介する。

【法則13】手段ではなく、目的を正しく追い続けた組織が勝つ

なぜ米軍は、太平洋戦争で加速的に日本に勝利を収めたのか?
第一次世界大戦でドイツの太平洋権益を奪取した日本は、やがて中国大陸の権益でアメリカと対立する。開戦初期に快進撃を続けた日本は、米軍に逆転を許したのちは転げ落ちるように敗戦を迎える。なぜ米軍は、加速的に勝利を手にしたのか?

英米との対立を怖れた日本の背中を押したもの

 日本は1931年の満州事変ののち、戦艦・空母の保有数を各国と定めたワシントン海軍軍縮条約を破棄。中国への侵略と武力による威嚇を強め、1937年7月、中国北部の盧溝橋で国民党軍と日本軍が武力衝突して日中戦争に発展。1939年5月にはソ連との国境紛争「ノモンハン事件」が起きます。

 翌1940年のドイツによるフランス侵略成功は、日本の方針にも影響を与えます。

 「ドイツ大勝利の報に、日本では日独同盟を強化すべきだという声が高まった。すでにフランスは倒れ、イギリスも敗れようとしている。ここでドイツの味方になっておけば、フランス・イギリスがアジアに持っている植民地を労せずして手に入れることができると考えたのである」(NHK取材班『ヒトラーと第三帝国』より)

 1940年9月、日独伊三国同盟が結ばれます。これによりアメリカは態度を完全に硬化させ、ルーズベルト大統領は鉄鋼やくず鉄など軍需物資の日本輸出を禁止します。日本の松岡洋右は、三国同盟の前提に日独伊にソ連を加えた四ヵ国の同盟を構想していました。四ヵ国なら中国の権益で対立する米国を牽制できると考えたのです。

 しかしヒトラーにソ連との仲介を断られ、翌年4月に単独で日ソ中立条約を締結。ドイツでも外務大臣のリッベントロップが四ヵ国でイギリス解体を狙う構想を持ちますが、同年6月にドイツが不可侵条約を破棄してソ連に進軍、すべてが水泡に帰してしまいます。

 フランス侵攻でのドイツ圧勝を見て、ソ連がルーマニアに侵攻。ヒトラーからの誘いを断り続けていたイタリアのムッソリーニも方針を転換して、北アフリカに侵攻します。

 しかしイタリア軍は敗退を続け、ロンメル指揮のもとドイツの装甲師団が救援に駆けつけようやく英軍を撃退、ドイツは一時的にリビア・エジプト国境を席巻します。

日本の南方進出で、アメリカが対日石油の完全禁輸へ

 日独伊ソの四ヵ国でアメリカの脅威に抵抗する思惑が外れ、進路を迷う日本に「ドイツがソ連領内で快進撃」の報が届きます。日本は三国同盟と日ソ中立条約の板挟みで悩みますが、独ソの事態は静観して、南方へ進出することを決定します。

 1941年7月、日本軍はフランス領インドシナ南部に進駐を開始。アメリカはフィリピンを植民地としており、この進出は許容できず日本への石油の全面輸出禁止を発動。この措置に驚いたのが日本海軍です。石油備蓄はわずか一年しかなく、備蓄が尽きたときにアメリカから戦争を仕掛けられることを怖れて早期開戦論が浮上します。

 日本政府は開戦を避けるためアメリカと交渉を続けましたが、日本軍がインドシナ南部の撤兵を一貫して拒否したため、11月26日には日本側が受け入れにくい条件のハル・ノートが提示され、数日後には外交交渉も打ち切られます。

 1941年12月8日、日本軍は真珠湾を攻撃。この報告でイギリスのチャーチルは戦争の勝利を確信します。日本がアメリカに宣戦布告したため、同盟国の独伊もほぼ自動的にアメリカに宣戦布告。この結果、アメリカは欧州戦線に連合国側で参戦を開始します。

 1941年12月8日から翌年の6月5日までの半年間は、日本が快進撃を続けます。開戦後、日本は香港からマレーシア・シンガポールなど油田地帯、オランダ領インドネシアとアメリカの植民地フィリピンの周辺海域、豪州南部のラバウルやニューギニアなどを制圧。1942年5月にビルマを占領、同年7月に占領地区は最大版図を記録します。

 マレー沖海戦では、英軍の戦艦プリンス・オブ・ウェールズを航空機で撃沈。しかし、初期の戦勝で見落とされた教訓に、敵の位置を先に(そして正確に)発見することの決定的優位がありました。英軍の戦艦のレーダー性能がまだ低く、日本軍は潜水艦と偵察機、哨戒機で敵部隊の位置を比較的早く発見できていました。

 相手より早くか同じタイミングで敵を認識できれば、日本軍の精度の高い射撃が効果を発揮します。しかし「敵を早く発見すること」は勝因として追求されず「攻撃(特に航空機)の効果」を日本軍が過剰に認識したことが、太平洋の大惨敗につながります。レーダーと通信傍受で米軍が完全に待ち構えた状態に何度も決戦を挑んだからです。

 米軍は開戦時には日本の外務省暗号を、4ヵ月後には海軍の暗号を解読していました。1942年6月のミッドウェー海戦は、作戦計画が筒抜けで大敗北。同盟国ドイツが暗号解読の懸念を伝えるも、日本軍は根拠なくそれを否定してさらに大きな敗因となります。

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