貧困の撲滅は、洋の東西を問わず、為政者の保守とリベラルの思想性を超えて、近代国家が果たさねばならない義務である。

 貧困撲滅には、後述するように社会保障と税制を組み合わせた多面的な政策展開が必要なのだが、「最低賃金の引き上げ」は重要なそのひとつだと、私は考える。「最低賃金」とは、一ヶ月25日間に一日8時間働いた場合に、“人間として最低限の生活を営むことのできる賃金水準”である。

 昭和34年に成立した最低賃金法にもとづき、国が下限を決め、その金額未満で労働者を雇うことを禁止する制度であり、労使代表と公益委員の三者で構成する厚生労働省の中央最低賃金審議会が毎年、都道府県別の引き上げ目安額を示す。2010年度の最低賃金は、異例の激論が徹夜で繰り広げられた結果、8月5日に全国平均で15円引き上げられることが決まった。

 現時点の最低賃金は、最高が東京の791円、最低が沖縄、宮崎、長崎の629円、全国平均が713円である。フルタイムで働いても月収14万2600円、年収171万1200円である。それが15円の引き上げで月収14万5600円、年収174万7200円になる。さてこれは、“人間として最低限の生活を確保できる賃金水準”だろうか。

 審議会が荒れたのには背景がある。民主党は昨年の総選挙のマニフェストで「全国平均800円」を掲げた。将来は、1000円までの引き上げを示唆している。政府が初めて数値目標を掲げたことに勢いついた労働側と、景気の先行きを懸念し中小企業の苦境を代弁する経営者側が対立したのだった。

 いうまでもなく、民主党の最大の支持者は労働組合のナショナルセンターである連合だから、雇用政策には極めて熱心である。民主党のマニフェストには、月額10万円の手当て付き職業訓練制度による求職者支援や製造現場への派遣を原則禁止にするなどの派遣労働者の安定など、さまざまな雇用政策が掲げられている。それぞれの政策は、あるいは政策総体としても、規制による保護傾向が強く、労働市場の流動化による生産性向上の視点が欠如しており、私は多くの場合に批判的である。

 だが、最低賃金の引き上げ――800円や1000円にいきなり引き上げることは、無論無理である――は支持したい。貧困撲滅の中核的政策だと考えるからである。