忙しすぎるトップは経営ができないPhoto by Yoshihisa Wada

日本企業が抱える4つの共通課題

 私自身が、異業種や年代の違う人たちと話すのが好きだったり、また仕事で企業トップの方々と率直に意見を交わしたりするなかで、日本企業には4つの共通した課題があると感じている。「勝つための戦略づくりができていない」「自社の真のアイデンティティーを分かっていない」「事業を育てるガバナンスが確立されていない」「人材育成と多様性へのトップの思いが希薄だ」である。

 まず、「勝つための戦略づくり」だが、現在のビジネス環境の激変は、既存の発想や仕組みでは対応できないものばかりだ。したがって勝つための戦略はゼロベースから練られなければならない。経営企画が頑張って新たな戦略を策定するが、実行しようと具体論に入ると「あれはできない、これは変えられない、この人は動かせない」などと社内の制約条件ばかり出てきて、「良い戦略だが、当社では実行できない」という悲しい笑い話になる。

 正しい方法で勝つための戦略において、本来、会社の中に変えられないものなどあってはならないのだ。そして「どんな環境でも勝ちにこだわる」ことだ。勝つことにコミットすることだ。徹底して戦略を実行することだ。

 2つ目が、自分たちが本当に何をする会社なのかが分からなくなる「アイデンティティーのさまよい」。持続的な成長のため、時代の流れに乗るためといって、新たな事業を次々と立ち上げる。「多角化」と言えば聞こえはよいし、ニュースリリースでは「新たな事業領域の創造」などと格好良く表現できる。

 だが、その結果、自社が何を目的に事業を継続している会社なのかがあいまいになってしまう。たとえば、「インターネットで世界を変える」とか「テクノロジーとイノベーションで世界の困難な課題を解決する」といった明確なミッションがそれぞれの会社には本来あるはずで、すべての事業がそのミッション達成のための手段だったはずだが、それをどこかで見失ってしまうケースが見られる。

 私は、一人の経営者や一つのマネジメントチームが経営できる事業には限りがあると思っている。一人のCEOが、例えば10を超える、相互に関連性の低い事業部門を、責任を持ってアクティブに経営するのは大変に難しい。

 だからこそ何をコアにするかを定め、そこに経営資源を集中させていかなければ勝てないのが今という時代だ。何がこの会社にとって最も大事なのか、我々は何のための会社なのか、という問いかけが非常に重要になる。

 また、業界内の競合相手に勝つことが目的となってしまっている場合があるが、あくまで、事業の最終勝利とは「お客様に選ばれる」という一点のみである。個々の勝負に一喜一憂するよりも、お客様が本当に求めているものは何かを深く追求し、そのニーズに応えることが第一である。競合に勝っても、お客様のニーズを満たせず、産業そのものが衰退してしまっては全く意味がない。自動車の時代に、一番速い駅馬車の会社を目指して競争するようなものである。

 日本企業では、大赤字を出してにっちもさっちもならなくなり、やっと事業の整理を決断するケースが依然として多く見受けられる。しかしサステイナブルな企業であり続けるには、社会や環境の変化を察知すればすぐに事業の意味や価値を検証し、「この事業は中長期的に当社が経営を継続すべきか」という問いを立て、「NO」であれば、すぐに選択肢を探り断行する一種の“文明観”が経営トップに問われているのではないか。

「わが社は」を主語にして、もう一度、自社を簡潔な文章で定義してみよう。これが簡単に表現できないか、できても定義と現状の事業が大きく異なっている場合は、まさに企業のアイデンティティークライシスが起こっているのだ。