パナソニックの「津賀改革」には、いくつかの特徴がある。ほぼ6カ月単位で勝負をかけメリハリをつけていること。インパクトのあるメッセージを常に意識して打ち込むこと。しかも、それらは時代と世界への観察をもとに、「構図」を描き、シンプルなキーワードで発信されている。さらに、朝令暮改を恐れず物怖じしない。それでいて、基軸はぶれない。2014年度には、中期計画の営業利益3500億円以上と累計キャッシュフロー6000億円以上を前倒しで達成。2018年度(創立100周年)の売上げ10兆円は撤回したが、今期中に先行投資による「意思を込めた減益」でB2B事業の礎を固めるという。“群盲象を撫でる”ような巨大企業の経営改革を、いかにして達成し、「未知なる未来を創造」するのか。その核心を語ってもらった。(聞き手/森 健二)

「事業で儲けるにはどうすればいいか」を
工学的アプローチで考える

森(以下太文字):津賀さんは、いかにインパクトのあるメッセージを発信していくかを常に意識されているようです。最近の例で言えば、売上げ10兆円の目標をさっさと撤回された。私はそこに重要なメッセージが込められていると見ました。つまり、「願望に基づく経営はやらない」ということです。現実ときちんと向き合い、社内外に正しく伝え、次のテーマに切り換えていくということですよね。津賀さんのそういうビヘイビアは、どういう体験から生まれてきたのでしょうか。

パナソニック 代表取締役社長
津賀 一宏 Kazuhiro Tsuga
1956年大阪府生まれ。1979年大阪大学基礎工学部生物工学科卒業後、松下電器産業(現パナソニック)入社。1986年カリフォルニア大学サンタバーバラ校コンピュータサイエンス学科修士課程修了。マルチメディア開発センター所長、パナソニックオートモーティブシステムズ社社長、AVCネットワークス社社長、代表取締役専務などを経て、2012年6月より現職。構造改革の手腕が高く評価され、『フォーチュン』誌「2015年最優秀ビジネスパーソン」で日本人経営者として唯一、30位に選出された。

津賀(以下略):もともと私は、R&D(研究開発)の出身で理科系の人間ですから、物事をできるだけシンプルにモデル化したい、というところがあります。難しいものを難しいまま、複雑なものを複雑なままでは、経営できない。モデル化しないと納得できない、そうしないと自分が納得できないのです。シンプルにするには、いかにモデル化して、メッセージをつくっていくか。

 津賀さんは大阪大学の基礎工学部で生物工学を学ばれた。「工学的アプローチで生命について調べる」と。

 そういう思いで入ったんですが(笑)、遊ぶだけ遊んで、結婚も決まって、大学院にも行かずに就職しました。

 その工学的アプローチが、津賀さんの方法論になっているのではないですか。

 それしかないですね。正直言って、社長になるとは思っていませんでしたが、なったからには自分の特徴を活かして、この役目をまっとうする。自分の得意な方法でやって、ダメならしかたがない。ある意味、もう最初から開き直りですよ(笑)。社長になった時は業績も非常に悪かったですし、それまで会社全体のことなど、考えたこともなかった。

 マネジャーとして津賀さんが目覚めたのは、30代後半のDVD開発の頃ですか。

 そうですね。DVDは、技術開発、規格競争までは非常にうまく運んだと思います。ところが、事業としてはなかなかうまくいかなかった。新しい技術をつくって、VTR(ビデオ)の成功を、もう一度新しい技術でやろうとしたんですけどね。ハリウッドはDVDで儲かったのですが、我々は本来のレコーダーやプレーヤー、ディスクではなかなか儲からなかった。これにはかなり衝撃を受けました。技術でいいものをつくっても、事業で儲けるという構図とは違うんだ、ということを学びました。

 事業で儲けるにはどうすればいいか、と今度は工学的アプローチで考えたのですね。

 別の言い方をすれば、事業で儲からない理由は、割と単純に答えを出すことはできるのです。ただ、どうすれば儲かるかをモデル化するのは、まず無理です。

 この構図だから儲からない、と言うのはたやすい。儲けている事業に対して、いま儲かっているけれど5年後にはアカンな、ぐらいは言えます。儲かっていない事業も、この構図だから儲からない、他のことをやったほうがいいよね、とは言えます。事業というのはなかなか難しいですから、私のような人間が言えるのはその程度のことです。

*パナソニックは、コンシューマー市場向けのB2C事業のイメージが強いが、津賀社長はコモディティ化した家電から、同社が蓄積してきた技術や知財を活用したB2Bの事業領域に「成長戦略」の舵を切った。