一時は、通信業界関係者による“ソフトバンク(SB)包囲網”ができそうな雲行きだったのだが、事態は思わぬ進展を見せている。

 ソフトバンクモバイルの孫正義社長は、今年3月28日に開催された“創業30周年記念イベント”で、インフラの増強を公約する「電波改善宣言」を発表した。

 そして5月21日より、希望者には「フェムトセル」(家庭内小型基地局)を無償提供する受付を開始した。この、いわばホームアンテナを自宅に設置すれば、自宅で使っているインターネットのブロードバンド回線を、携帯電話用の回線として利用できるようになる。

 だが、SB傘下のYahoo! BBのサービスに限定するのならば問題はなかったのだが、受付開始直前に孫社長がツイッターで「すべてのブロードバンドサービスに対応する」と宣言。2008年に総務省が制定したガイドラインにある運用ルール、つまり「各事業者との事前協議」を経ず、いきなり消費者向けにフライング発表してしまったことから大騒動に発展した。

 というのも、SBは、アクセスライン(通信サービスを家庭まで届けるための最後の区間)のインフラを持つケーブルテレビやISP(接続会社)などの事業者に仁義を切ることなく、“ユーザーから直接無料で借りる”という論理で受付を先行させたからだった。

 これまで、汗を流してコツコツとインフラ整備をしてきた事業者にとっては言語道断の行為であり、関西電力系の通信事業者のケイ・オプティコムは、間髪を入れずSBの“タダ乗り”を牽制するリリースを出したほど。その他多くの事業者も、SBに対して感情的な反発の姿勢を崩さなかった。

 ところが、SBは、事態を重く見た総務省によりクギを刺されたことで、事業者ごとに事前協議を行う方針に切り替えた。スジから言えば、そちらのほうが先にくるべきだが、すると今度は少しずつ、有料でSBに回線を貸す事業者が増えてきた。すでに、近鉄ケーブルネットワークなど30社以上のケーブルテレビ事業者や独立系のISPが応諾しているのだ。

 関西のあるケーブルテレビ事業者によると、その理屈は単純明快である。「仮に、自社の契約者から『SBのフェムトセルを使ってみたい』と言われた場合、『ウチではできません』とは言えない。協議のうえでルールができて、少ないながらも利用料が入るのなら、無料よりはマシだ。その際、『できません』と言えば、SBの営業マンは契約者に『Yahoo! BBを無料で提供します。この機会にSBの回線に切り替えませんか?』と攻勢をかけてくる。そうなると、契約者を奪われてしまうだろう?」。

 じつは、置かれた環境は、規模の大小を問わず、すべての事業者にとって同じだ。SBは、これまで同様に、自ら回線に投資せずに全国的にアクセスラインを使わせてもらえるようになる。各事業者に個別の利用料を払うとはいえ、“事実上のタダ乗り”が実現する。結局、SBの思惑どおりの展開になったが、後味の悪さが残る。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)

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