会社の外にも“デスク”ができる

 「つまり、仕事ってさ、無線LANでネットとつながった場で、パソコンと、スマホがあれば、できるってことだよ」

 行きつけの店で、山下は鈴木に言う。

 「共有デスクってそういうことだろう?」

 鈴木は曖昧にうなずく。

 「だから、仕事に使いそうなものはスキャンしてデータ化し、クラウドでも何でも、ネットに挙げて、検索できるようにしておけば、どんな場所でも仕事はできる」

 「検索ができるのか……」

 「当然だ。コピーした書類じゃ、物理的な並べ方でしか検索できない。そもそも書類に出てくる用語での検索なんて効かない」  山下は、事情に通じていない鈴木を諭すように話す。

 「再加工がやりやすいところも、データ化の利点だよ。画像でも、文章でも、必要なところだけ、きれいにみえるように、簡単につくり直せる」  コピーとプリントで用は足せる、と考えてきた鈴木は、じんわりと焦りを感じながら、負け惜しみのように呟いた。

 「しかし、お客さんあっての仕事だからな。おれたちの場合はさ」

 「もちろん。だから、お客さんのすぐ近くで、あるいは目の前で、いつでも仕事ができることが、重要になるんだ」

 デスクを完全にきれいにした山下は自信に満ちた口ぶりだった。

 山下の話を聞いてから、鈴木は業務用スキャナーや、複合機でのスキャンをもっと使おうとしてみた。だが、誰かが使っていれば待たなくてはならず、機器に慣れていないため、やはり操作で戸惑うことが多く、思い通りにはなかなかいかなかった。

 鈴木のデスクにはあいかわらず、営業関連のコピー書類が山と積まれ、鈴木はそれらと格闘しながら仕事を進めていた。一方、デスクがきれいになると、山下の姿はデスクにあまり見かけなくなった。山下は、出張の回数も増えているようだった。

 「おはよう」

 隣のデスクの山下を見て、鈴木は声をかけた。

 山下は書類を読み取らせているスキャナーを前に、スマホの画面を見ている。不可解な顔で鈴木が眺めていると、山下が言った。

 「Wi-Fiだよ。データをスマホで直接読み取っているんだ」

 「ふうん……」

 「この後、すぐお客さんにみせたい営業データや、経済記事をそろえているところさ」

 山下は言葉を継いだ。

 「プリントしたプレゼン書類もいいけど、出先で、会話の流れに沿って臨機応変に根拠のあるデータを、すっと示せるところがいいんだ。その場で、スキャン済みのデータを検索して、呼び出すこともあるよ」

 山下はノートパソコンが入った鞄ひとつを手にして、足取りも軽く、フロアから出て行った。