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日本に巣食う「学歴病」の正体

「東大卒なら仕事ができて当たり前」は正しい能力観か?

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第30回】 2016年8月9日
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「東大を出ていてもあれでは……」日本の職場でこうした話がよく出る背景には、日本独自の能力観が横たわっている

 今回は、会社員が企業社会で受ける「教育訓練」について考えたい。

 多くの職場では、上司や先輩、同僚、ときには外部の研修会社などから、何らかの形で仕事を教わるはずである。それらをまとめて、この記事では「教育訓練」と呼ぶ。

 会社員と取材を通じて接していると、彼らがある種の錯覚や誤解をしているのではないかと感じることが多い。一定水準以上の学歴を身につけている人は、入社後に「教育訓練」など受けなくても、ある程度のレベルの仕事ができるはずだと見られているケースが多いのだ。

 たとえば、その象徴的な言葉が「あの人は東大を卒業しているのに、あんなこともできない」というものである。こうした捉え方は、本当に実態に即しているだろうか。筆者は、こんな疑問を日頃から感じていることもあり、どこかの企業の職場で問題が起こったという話を聞くと、その職場の「教育訓練」が適正に機能しているかどうかに思いを馳せることが多い。

 今回は、最近経験した出来事をきっかけに、「教育訓練」と学歴について改めて考えてみた。読者諸氏はどう感じるだろうか。


医療クリニックと大学病院の
「対応能力の差」は何で決まる?

 この記事を書く数日前、筆者は医療クリニックで肺のCTスキャンの検査を受けた。フリーランスになった十数年前から、年に1~2度のペースでこの検査を受けている。いつもは大学病院にするが、今回は仕事が立て込んで時間的な制限もあったため、このクリニックを選んだ。

 初めて訪れたところだったが、様々な意味で新鮮だった。まず、電話で検査の予約をする。20代前半と思える女性が出て、やりとりをした。そのやりとりの一部を紹介しよう。

 「その日は、予約がもう入っちゃってて……」

 「入っちゃってて……というのは、予約を入れることが難しいということですか?」

 「いや、予約がもう入っちゃってて……」

 こちらの質問に対して、見事なまでに要領を得ない回答が返ってくる。女性の言わんとしていることは何となくわかるのだが、その都度、確認をしないといけない。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


日本に巣食う「学歴病」の正体

 今の日本には、「学歴」を基に個人を評価することが「時代遅れ」という風潮がある。しかし、表には出にくくなっても、他者の学歴に対する興味や差別意識、自分の学歴に対する優越感、劣等感などは、今も昔も変わらずに人々の中に根付いている。

たとえば日本企業の中には、採用において人事が学生に学歴を聞かない、社員の配属、人事評価、昇格、あるいは左遷や降格に際しては仕事における個人の能力や成果のみを参考にする、という考え方が広まっている。しかし実際には、学歴によって選別しているとしか思えない不当な人事はまだまだ多く、学閥のようなコミュニティもいまだに根強く存在する。学歴が表向きに語られなくなったことで、「何を基準に人を判断すればいいのか」「自分は何を基準に判断されているのか」がわかりずらくなり、戸惑いも生まれている。こうした状況は、時として、人間関係における閉塞感やトラブルを招くこともある。

 これまでの取材で筆者は、学歴に関する実に多くのビジネスパーソンの悲喜こもごもを見て来た。学歴に翻弄される彼らの姿は、まるで「学歴病」に憑りつかれているようだった。学歴は「古くて新しい問題」なのだ。本連載では、そうした「学歴病」の正体を検証しながら、これからの時代に我々が意識すべき価値基準の在り方を考える。

「日本に巣食う「学歴病」の正体」

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