注目の戦略コンセプト、「リバース・イノベーション」の入門編の連載第8回。今回も世界的ベストセラーである『リバース・イノベーション』の著者で、コンセプトの生みの親でもあるビジャイ・ゴビンダラジャンによるコラムの翻訳です。

スタンフォード大学は、さまざまな創造的なプログラムを持ち、多くの起業家が巣立っていることで有名ですが、同大学のバイオデザイン・プログラムは、リバース・イノベーションの一大人材育成拠点となっています。ゴビンダラジャンは、リバース・イノベーション人材を育てる環境が必要であることを訴えます。

学生たちのアイデアから生まれた
画期的な医療機器の数々

 スタンフォード大学のバイオデザイン・プログラムでは近年、工学部、経営学部、医学部の学生チームを病院に派遣し、病院の抱える問題を解決するにはどのような新しい医療機器が必要かを見極めようとしてきた。学生たちは医療処置を観察し、アイデアを出し合い、そのうち最良のアイデアについてプロトタイプを開発する。

 バイオデザイン・プログラムは当初、先進国市場を対象としていたが、現在では、インドとシンガポールの医科大学と協力して、同じアプローチを用いて、新興国市場で手頃な価格の使いやすい医療機器を生み出そうと取り組んでいる。学生たちは、「極めて手頃な価格にするための起業家的なデザイン」などのコースで、現場での経験を補完している。

 大きな可能性をもつリバース・イノベーションの事例として、次のものがある。

公衆衛生
「ワンブレス(OneBreath)」は、インフルエンザ・パンデミックに備えてつくられた、丈夫で、低コストで、汚れに強く、積み重ねて保管できるベンチレーター(人工吸入器)である。本体価格は800ドル以下、交換用チューブは50セント以下である。通常のベンチレーターは最低でも4万ドル、交換用チューブは180ドルするが、開発チームはハードウエアよりもソフトウエアでエアフローを測定・管理することにより、製造コストと維持コストを低減させた。

呼吸器
 メキシコのチームは、幼い喘息患者のために、折りたためる紙製チューブスペーサー(吸入用補助器)を開発した。子どもたちは噴霧式の機器ではうまく薬剤を吸入できないので、標準的な吸入器を使うことができないが、代替品のスペーサーは40ドル以上もする。紙製チューブスペーサーは、数ペニーである。

ドラッグ・デリバリー・システム(体内の薬物分布をコントロールするシステム)
 インドのチームは、心臓発作や脱水症を伴う外傷などの緊急事態のときに、骨髄に直接、静注薬を投与する装置を開発した。20ドルの電源内蔵式の薬剤投与装置は、直接、静脈注射はできないが、一刻を争うような緊急時に、医師が患者を治療する助けとなる。

整形外科
「ジャイプールニー(JaipurKnee)」は、足を失った人のためにインドでつくられた、低価格で高性能の人工膝関節である。最高10万ドルもするアメリカのハイエンドのチタン製膝関節とは違って、価格は20ドルである。開発チームは、自己潤滑性に優れたナイロンでつくられた、万能型の膝関節を設計した。旧モデルは体重がかかると曲がる傾向があったが、このモデルにはより優れた性能と柔軟性が備わっている。装着件数は2000以上にのぼる。

消化器
 インドのチームは、便失禁ケアシステムを開発した。導尿カテーテルに似ており、特殊な袋に患者の排泄物を集め、訓練を受けていないスタッフでも取り扱うことができる。こうした装置は患者の衛生と尊厳に対応するものだが、働き詰めの看護職員はそうした点をよく見落してしまう。この装置はわずか4ドルだが、数十億ドルの市場規模が見込まれる。