“お金を使った経験”のない取締役が飛びつく
安易なM&Aは悲惨な結果に
皆さんのなかに、会社のお金を“どーん”と使った経験のある人はどのくらいいるだろうか。実は、かなり少ないのではないかと思う。さらに、「いま10億円使えるとしたら、何に使う?」(1億円でも5000万円でも構わないが)と聞かれて、即答できる人はいるだろうか。これまたほとんどいないと思う。
一部の業種を除いて、日本企業のほとんどが、現在、“お金を使えない病”にかかっている。お金を稼ぐ人も、倹約する人もたくさんいるのだけども、“お金を使う人”がいないのである。明日の成果を得るためには、今日そのための準備をしなくてはならない。にもかかわらず、あらゆるレベルで無駄が削られ、お金を使う経験をせずに管理職、そして経営幹部になっていく。経験が乏しいと、何が生きたお金の使い方で、何が死に金かの区別さえつかない。実体験に基づいたお金を適切に使う技術を習得する機会がなかったのだから仕方がないとも言える。
ここで言う、お金を使うとは、定常的な業務以外のところの、将来性のあるビジネスに“張ってみる”ことや、大きな投資で“賭けてみる”、世間の耳目を集めるプロモーションなどで“傾(かぶ)いてみる”ことだ。新しい事業や顧客の新しい欲望を生み出すためには、市場に新たな旗を立てるべく、何らかの形でお金を使っていかないとことには始まらない。
ある大手企業の取締役には、事業の立ち上げや新商品開発、注目を浴びる仕事をした人が誰もいない。バブル崩壊後の20年は、後ろ向きの仕事や守りの事業展開が長かったために、既存事業を堅実に実行してきた人や管理系の人達ばかりが出世したのである。
しかしあるとき、さすがに新規事業に乗り出さないとマズイということになり、巨額の予算をつけ事業開発担当役員を選任すると決めた。そこまでは良かったものの、どうしたら事業が生まれるか、何に投資すればよいか誰もわからないため、全員が担当役員になるのを嫌がった。事業開発担当役員というのは、ババ抜きの“ババ”のような存在になったのである。