日本銀行新総裁に白川方明副総裁が就任することが2008年4月9日に決定された。新総裁の下での金融政策を占ううえで参考になるのは、彼が最近著した金融政策の教科書『現代の金融政策』(日本経済新聞社)である。新総裁は現在の局面で急いで利下げを選択する人物ではないような印象を本書からは受ける。利上げに前向きな「タカ派」と見ている市場関係者もいる。

 しかしながら、同書には「大きなバブルが崩壊した後にテイラールール以上に大幅に短期金利を引き下げても、景気刺激効果は限定的なものとならざるをえない」という分析がある。FRBは大胆な利下げを繰り返してきたが、白川氏は楽観的ではないだろう。

 8日の所信聴取で同氏は「米国では1930年代の大恐慌以来の深刻な金融市場の動揺が続いている」とも発言している。白川氏は日銀信用機構局でプルーデンス政策にもかかわった実務家であり、現状認識は厳しいと推測される。利下げを提案することは当面ないと予想するが、かといって「タカ派」というレッテルで新総裁を見ないほうがよいだろう。

 一方、渡辺博史・一橋大学教授(前財務官)の副総裁就任案は野党の「天下り反対論」により参院で否決された。天下りの慣行を打破すべきという主張はきわめて正論と思われる。だが、財務省出身者が日銀幹部に就くことは、そもそも「天下り」なのだろうか?

 ドイツの場合はそうではない。ティートマイヤーのように連邦大蔵省次官からブンデスバンクに移った人もいるが、大蔵省次官よりもブンデスバンク総裁のほうが明らかに格が上なのだ。米国でもそうだ。日本の議論は中央銀行の格が低いことが前提になってしまっている。もっとも、財務省官僚から名FRB議長になったエクルズとマーティンは、FRBの独立性確保のために職を賭して政権と壮絶に闘った。彼らのような印象の財務省出身の総裁が日本にはいないため、「天下り」という印象がぬぐい去れない面はあるだろう。

 「天下り」を禁止すべき根拠は、そのポストにふさわしい経験、知識がないにもかかわらず、役所OBの人事の流れのなかで「渡り鳥」のように退職金をもらっていくことや、役所とその団体(企業)とのあいだで不適切な利害関係が生じるという問題だと思われる。

 しかし、渡辺氏の場合、8日の所信聴取でも明らかだが、国際金融市場に対する見識は深く、しかも、海外通貨当局に対する交渉力も有している。「天下り」の是正は重要な議論だが、有能な人材の活用が阻まれるならば日本にとって損失となる恐れがある。

(東短リサーチ取締役 加藤 出)