【第4回】 2009年11月05日
経済学者が「当たり前のこと」を伝えられる日は、やってくるのか
メディアにおける経済学は、
どこに向かうのか
荻上:人文知側の典型としては、「経済成長という病」系というか、「定常型社会」系の議論は割と受け入れられがちですよね。私たちの社会はもう経済成長しない。成長、成長といって、人間らしくない競争を強いるのはやめて、エコでヘルシーでサステナブルな生活を送れるシステムをつくろうよ、といったように。論壇ってとにかく、「いまこそ社会が変わったのだ」というような、「社会完成論」がすきなんですよ。アーリーアダプターを指差して、「彼等こそがニュータイプだ」とか「崩壊の始まりなのだ」というような言説ですね。
飯田:「経済成長終わった」言説は、江戸幻想などとも結び付けられますね。ただですね、これにはものすごくショッキングなデータというのが一つあって。人間の平均寿命、または社会保障の水準というのは、ほぼGDPに比例して伸びます。アメリカはちょっと最近それと外れているので、そこばっかり強調されますけれども、100年のスパンで見ると、経済成長なくして福祉をやった国は存在しません。経済成長なくして平均寿命を延ばした国、また貧困問題を解決した国って存在しないんですよね。ですから一つは止まってしまった社会では、銭金予算の問題があって、非常にそういう貧困問題を助けるとか、医療をというのは、極めて難しいんだということを一つ知ってほしい。
もう一つはですね、定常型社会になると競争が少ないと思っている人、これはちょっと『経済成長って何で必要なんだろう?』では取り扱いきれなかったテーマなんですけど。その人にはぜひ江戸時代の話を知ってほしいと。江戸時代ってかなりの競争社会なんですね。江戸時代って経済成長はほとんどしていません。実を言うと、江戸時代の経済成長ってほとんど1800年から1840年にかけて起きています。それまでは江戸時代ってかなり定常型社会に近いんですよ。その定常社会の中でお武家は上司へのおもねり競争,商家はライバルからどう仕事を奪うか,お百姓は土地や水の使用権を巡って日々競争している。
さらに例えば全然成長しない社会と言えば、1960年以降のソヴィエト連邦も全然成長してないんです。実際。ではソヴィエトの中では競争がなかったのか。または定常というか、成長してない社会のもう一つは、北朝鮮。成長どころかだんだん下がってますけれど、熾烈な権力闘争が進行中です。
人類の未来を、数学的に予測できる日を信じて
荻上:そうした「物語の弊害」の一方で、僕が面白いと思っているのは、例えばクルーグマンが、アシモフの『ファウンデーション』を読んで、作中に出てくる架空の学問「心理歴史学」になんとなく近いという理由で経済学を志したという話。
人はどうしても「物語」に駆動されます。「物語」によって誤った選択をしてしまうのはまずいが、「物語」が豊かな選択肢へと開いてくれる場合もある。物語分析は人文知に一日の長があるので、実証を無視するのではなく向き合った上で、豊かな工学知への想像力を拓く作業を呼びかけなくてはいけないのかも。
飯田:あの世代の経済学者はファウンデーションシリーズ好き多いですよね。人文知側からみたらしょっぱい話かもしれないですが、かなりの比率の経済学者が、「世界はいつかは理解できるんだ」という考えを、というかむしろ信仰を持っている。いつの日にかハリ・セルダン(『ファウンデーション』シリーズに出てくる、「心理歴史学」の創始者)になれるはずだ。だけど単にデータが足りなくて、僕らの能力が不足しているから、現在は予想できてないけれどで、ある日できるようになるんだと。
子供っぽい話に感じるかもしれませんが、これがなくなっちゃうとグダグダですよ。もうメディアの世論に合わせておもしろいことを言おうというだけのインセンティブになっちゃう。遠くどこかに「歴史心理学が完成する日」がある……それを一日でも早めるための研究者であり啓蒙家として働いているんだというヒロイズムをもって学会、そして論壇やメディアに参加していくようにするとアカデミックな経済学者の意識も変わっていけるのかもしれないですね。
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この連載について
「日本はダメだ」「日本は終わった」と『絶望論』ばかりが唱えられる今、本当に私たちは将来を悲観・絶望したままでいいのか? 日本の政治・経済・社会、そして私たちがどこへ向かうのか、若手経済学者・社会学者たちが日本を語る。
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