「ねえ、その車手放してよ」
それはある日曜日の朝。中田堅司課長が愛車を手入れしているときのことだった。
中田課長の唯一の趣味であり、宝物であるクラシックカー。パーツを買ってきて取り付けたり、エンジン音を調整したりして、わが子のように可愛がっている。休日に海岸沿いの国道を飛ばすときなど、身内からゾクゾクするような感覚がわき起こる。まさに男の野性が解き放たれる瞬間だ。その愛車を売り払え、と妻は言い放ったのである。
「な、何を言うんだ! 人の大切な車を」
「そんな車、2シーターだし家族で乗れるわけじゃないじゃない。あなたの玩具にすぎないでしょ。維持費もかかるし、はっきりいって無駄よ。だいたい課長になってから残業手当も削られたし。おかげで子どものお稽古代だって出せないんだから」
子どもの稽古代――それを言われると“ぐうの音”も出ない。ずっと大切にしてきた自分だけのスリリングな世界。男としては家族のために断念せざるをえないのか。
遺伝子によって運命づけられた
「野性の血」
「うちの業界って斜陽だしさあ。会社もひょっとするとヤバイかもしれないんだよね。転職するなら今のうちかなあ」
「えっ、この転職不況期に? 無謀だなあ。絶対やめておいたほうがいいよ。オレはしないぜ。マンション買っちゃったし。下の子も生まれるし」
深夜の地下鉄のホーム。古くからの友人同士なのだろうか、30代前半らしきビジネスマンが2人、深刻な表情で話し合っていた。
耳についたのは、たとえボロ船でも、荒海に飛び込むよりしがみついているほうがマシ、という後者の男性の言葉。「給料もたいしたことないし、達成感もさほどない」けれど、「仕事に虫のいい条件を求められる時代じゃないでしょ」と強調していた。時節柄、それだけ守りの姿勢に入っているということなのだろうか。住宅ローンや子どもの教育費を背負っている以上、無理もない。
「家族を守りたい」「自分の収入や肩書きを守りたい」。これらは、多くの男性にとってごくごく自然な意識だろう。だが、同時にまったく相反する衝動を内部に抱え込んでいる男性もいる。
彼らこそ「ノベルティ・シーカー(Novelty Seeker)」と呼ばれる人々。リスクを恐れず新しいことに挑戦しようとする男性たちだ。性格的には向こう見ずで外向的。「みんなから一目置かれたい」という願望をつねに抱いている。危険なスポーツを好む特徴もある。ギャンブル好きやヘビースモーカーも多い。
1997年にイスラエルとアメリカの研究者が発表した論文によると、ノベルティ・シーキング(Novelty Seeking)は遺伝子によって生まれながらに決定されているという。決め手になるのは、ドーパミン受容体D4遺伝子だ。ちなみにドーパミンは意欲をつかさどるホルモン。「これをやると何かいいことがありそう」と、報酬を予想したとき分泌される。
D4遺伝子には個人差があり、遺伝子の途中に同じパターンが2回続く人、4回の人、7回の人、とがある。回数が多いほどノベルティ・シーキング度が高いわけだ。