はじめに
編集部から最初に戴いていたこの連載のタイトル案は、「千石先生 十二支を食べつくす!世界動物珍グルメ」といったものであった。タイトルとしては悪くないが、内容と合わなくなると思い、標記のタイトルとした。今後の展開で追々わかっていただけると思うが、「珍」とか「グルメ」とかの常識は、この連載を読むと逆転する可能性がある。
例えば、ミルクを飲むことは人類として異常であり、ヘビを食べることは伝統的であり、ネズミを食べることは正しい食文化である、といったことにふれるであろう。また、「食べつくす」ことは、少なくとも私の場合、個人的タブーによって(タブーについてはトラの項ででもふれる予定)不可能である。
ともあれ、この連載の内容としては、食を通じた人類と動物のつき合いの歴史を、主に生態学的・動物学的観点から分析しながら、自分自身が世界各地でそういう局面にふれたときの実体験を交えてエッセイにしてみよう、というものである。
文化の流れや歴史は、生物学的にも必然であったことなどが、この原稿を執筆するにつれてわかってきて、動物学者である自分としてはとても面白かった。というわけで、みなさんもどうか気楽にお読み下さい。
古代から馬を好むフランス人
フランス人はよく馬肉を食べる。フランス語で「馬」と「馬肉」は同じ単語「cheval」だし、「hippophagique(馬食い)」という単語もある。馬肉屋(boucherie hippophagique)が存在するのもさすがフランスだ。フランスの1人当たりの馬肉の年間消費量は約1.8kgで、アメリカの1人当たりの羊・子牛などの年間消費量より多い。
フランス人が馬を好むのは相当に年期が入っていて、紀元前2万5千年の南フランスのソリュトレ遺跡から、ほぼ1万体分の馬の骨が出土している。この遺跡は川の合流点である絶壁の下にあり、旧石器人はここに馬を追い落としたか、崖下の袋小路へ追いつめて槍で殺したものと考えられる。殺された馬の数は2万年の間に3万2千頭から10万頭だったと概算された。出土した骨には、髄を破砕した例はごく少なく、そこまで徹底的に食べなくてもよい、肉に恵まれた生活が示されていた。中には、「舌や肝臓、心臓などの特定の部位だけが食されていた」と旧石器フランス人のグルメぶりを推察した研究者もいる。