先進国のなかで唯一「国民皆保険制度」を導入していない国、アメリカ。収入格差がそのまま医療格差に繋がっており、病気になっても十分な医療サービスを受けられない人も多い。しかし最大の問題点は、低所得者を中心とした「健康への無関心」であると、かつてブッシュ政権で医療総監を務めたリチャード・H.カーモナ氏は警鐘を鳴らす。

リチャード・H.カーモナ(Richard H.Carmona)
リチャード・H.カーモナ
PFCD(慢性疾患と闘うためのパートナーシップ)会長/キャニオン・ランチ・インスティテュート理事長

 医療需要の拡大や医療格差が本格化するなか、各国は医療体制の見直しに追われている。
 私は2002年から4年間、ブッシュ政権の医務総監を務め、米国の医療体制が抱える問題を指摘しながら、公衆衛生の普及に尽力してきた。だが米国では、低所得層を中心に医療への関心がまだまだ低く、慢性疾患の蔓延に歯止めがかからないのが現状だ。

 米国は、先進国のなかで唯一「国民皆保険制度」を導入していない。公的医療保険に未加入の個人は、保険会社や組合の私的医療保険に加入する必要があるが、実際には4000万人以上の人びとが、医療保険に加入していないのだ。

 一方で、医療費は年々ふくれ上がり、政府や企業の負担は増え続けている。年間の医療費総額はGDPの16%に匹敵する2兆ドルに上っているが、これはゆうに日本の2倍を超える水準だ。

 このような状況下、医務総監時代の私の課題は、国民の医療に対するリテラシーを向上させて病気を未然に防ぐための「予防医療」を普及させること、それにより医療費の削減を進めること、さらに効率的な医療システムを整えることなど、多岐にわたった。

 なかでも、特に重視したのが「予防医療」のアピールである。国民の3分の1が医療への関心が極端に低いといわれるなか、運動不足の解消や食習慣の改善などを指導し続けた。

 一定の成果があったのが、脳梗塞や肺ガン、心筋梗塞の原因となる喫煙習慣の改善だ。

 米国では、毎年何千人もの子どもが新たに喫煙を始め、その半数が成長してからチェーンスモーカーになる。彼らの平均寿命は一般人と比べて一四年も短く、最近では周囲の人びとの「受動喫煙リスク」も深刻になっている。そこで、禁煙の重要性を訴えた「医務総監報告書」を発表したところ、二五州で法律が改正されて禁煙の環境整備が格段に進んだ。