デジタル通貨がもたらす新たな価値創造への期待

編集部(以下太文字):デジタル化は金融システムにどんな変化をもたらしたでしょうか。

鈴木:スマートフォンの普及やキャッシュレス決済の拡大による顧客利便性の向上、データ利活用やRPAの導入による効率化、オープンAPIや異業種からの事業参入による新たなサービスの創出など、多岐にわたり大きな変化をもたらしました。一方で決済情報の不正利用、マネーロンダリングなどは巧妙化しており、常に対策のアップデートを求められます。このようにデジタル化は金融システムを、より迅速、効率的、そして顧客中心へと変革させていますが、同時に新たなリスク管理の必要性も生じさせています。

今泉:金融を監督する立場からは、大きく2つの視点があります。まず、金融サービスそのもののデジタル化、またはDXの動きです。金融産業は早い時期からデジタル化が進められてきましたが、新しい技術が次々に登場する中で、今後どのような進化を見せるのか注目しています。もう一つは、実物経済のデジタル化に対して、金融サービスがアジャストしていく動きです。ビジネスの中に金融を埋め込むことで、新たな価値を創出しようとするエンベデッドファイナンス(組込型金融)が登場しています。金融業界もまた、こうした動きに対応してビジネスやサービス内容の改革を迫られるでしょう。

金融のデジタル化が加速し、デジタル通貨に関心が高まっています。デジタル通貨はどんなエコシステムを生み出すとお考えですか。

鈴木:最近注目されているデジタル通貨として、トークン化預金とステーブルコインが挙げられます。これらの普及は2段階の変化をもたらすと考えられます。まず、既存金融機能の劇的な高度化です。たとえば、紙の手形と小切手が廃止に向かう中、デジタル通貨が企業間決済の新たなインフラとして代替する可能性があります。あるいは、現在多くのコスト・時間を要する海外送金などの取引に対し、ほぼリアルタイムにかつ安価に実現できる期待が高まっています。これは、これまでの金融プラットフォームの進化であり、既存ビジネスをより効率的にする変革です。

2段階目は、ブロックチェーン上の非金融アセットとの結び付き、金融の枠を超えたエコシステムの創出です。不動産やインフラなどの有価証券をデジタル化し少額から取引可能とするセキュリティトークンの取引や、人気アニメのIPやデジタルアートを「唯一無二のデジタル資産」(NFT。non-fungible token:非代替性トークン)として証明し新たなビジネス価値・収益モデルの創出も始まっています。新たなエコシステム創出に向けては、エンベデッドファイナンスも重要な動きです。ここに前述のセキュリティトークンやNFT、さらにはデジタル通貨が組み込まれることで、より柔軟で低コスト、多様なサービスが組み込まれた新しいエコシステムが広がるでしょう。

今泉:1つ目の決済の高度化について、ブロックチェーンと実物経済という2つの世界の行き来があれば、そこに一定のコストがかかります。これを既存の決済システムより安価、安全にできるか、もう少し技術の発展を見守る必要があるでしょう。2つ目のエンベデッドファイナンスについては、非金融分野のさまざまな取引、商流の中に金融が組み込まれることで、利用者が意識せずに金融サービスを使いこなすようなエコシステムが成長するのではないかと思います。

トークン化預金とステーブルコインの潜在力

トークン化預金とステーブルコインとはどんなものでしょうか。

今泉:いずれも、ブロックチェーン上で取引記録を残していく決済手段です。トークン化預金は、銀行が顧客から預かった預金をブロックチェーン上で記録するもの。ステーブルコインは事前に払い込まれた法定通貨を裏付けに、法定通貨と同等の価値を付与し、ブロックチェーン上で移転できるようにするものです。ステーブルコインに関して、日本は早くから資金決済法という形で法整備を進めました。アメリカでも連邦レベルで同様の動きが進行中です。しかし、トークン化預金とステーブルコインがどのような分野で普及するのかは、これからです。国際的な企業グループ内でのキャッシュマネジメントに用いる、企業間の国際取引に用いる、リテール決済に用いる、などさまざまな可能性があります。各分野で、多くの利用者の支持を得られる方式がスタンダードになるかもしれませんし、両方が棲み分ける形になるかもしれません。

非金融の幅広い産業に大きなインパクト、デジタル通貨の新潮流は社会変革の起爆剤となるか今泉宣親
2003年金融庁入庁。総務省電気通信基盤局消費者行政課、東京大学公共政策大学院特任准教授などを経て、2017〜18年金融庁総務企画局政策課においてFinTechサポートデスク・FinTech実証実験ハブや金融機関におけるITガバナンスに関する対話のための論点・プラクティスの整理策定などに従事。2021年監督局銀行第二課地域金融企画室長、2023年企画市場局市場課市場企画室長を経て、2025年7月より現職。

鈴木:トークン化預金とステーブルコインは安定した価値を有するデジタル通貨です。ここが、市場性を持ち価値が変動するビットコインなどとの大きな違いです。やはり多くの人々がデジタル通貨を日常の決済で使うようになるには、価値の安定性は重要な要素だと思います。また、両者の違いは参加者の範囲です。トークン化預金は預金を持っている人、つまり銀行口座を持つ人たちの中での価値の移転に用いられます。すなわち既存の銀行システムの延長にあるものとしてとらえることが可能です。これに対して、ステーブルコインは銀行口座を持たずとも誰でも利用可能となり流通範囲は広くなる一方で、適切なマネーロンダリング対策などが必要となります。

トークン化預金やステーブルコインの潜在力について、どのようにお考えですか。

鈴木:方向性は2つあります。一つは既存業務のコスト改革です。デジタル通貨はさまざまなオペレーションをスマートコントラクトによって自動化する力を持っています。たとえば、決済の前後業務、請求書発行や支払処理といった経理のオペレーションについて人・モノ・カネ・時間といった経営資源を大きく圧縮できる可能性を秘めています。そしてもう一つは、新しい価値創造。すなわちマネタイズの多様化です。IPビジネスのように各企業が展開するビジネスモデル、エコシステムにデジタルアセットを組み入れることで、いままでなかった価値の創造と流出、マネタイズが可能となります。

今泉:モノの取引とカネの決済は、これまで2トラックのプロセスでした。これが1トラック化する可能性があります。モノの取引とカネの決済が同時に行われる、あるいはカネの決済のやり取りにモノの取引情報が載ってくるという形です。ここでの本質的な付加価値は、業務の中に金融が埋め込まれることで生まれると思います。その際、契約内容を自動実行するスマートコントラクトなどは重要な要素になると思います。

金利が上昇する中で求められるキャッシュマネジメント高度化

金融のデジタル化はどのようなイノベーションをもたらすとお考えでしょうか。

鈴木:日本では多くの産業で、多層のサプライチェーンが維持されています。各層の間をモノとカネが行き来し、そこには多くの人手が介在しています。スマートコントラクトによって自動化できる部分があれば、大きな効率化につながるでしょう。加えて、ブロックチェーン上でトレーサビリティ情報を記録することもできます。このように、サプライチェーンとデジタル金融のかけ合わせは大きな可能性を秘めているのです。別の観点では、1円未満の価値をやり取りするマイクロペイメントが生み出す価値にも期待しています。

非金融の幅広い産業に大きなインパクト、デジタル通貨の新潮流は社会変革の起爆剤となるか鈴木雄大
アビームコンサルティング 金融ビジネスユニット ダイレクター 大手SIer、総合ファーム、Big4戦略チームを経てアビームコンサルティングへ参画。主に金融機関やフィンテック企業に対する経営戦略・事業戦略・経営統合のコンサルティングサービスに従事。直近ではメタバース、Web3ファイナンスの調査研究・情報発信、金融機関の事業検討支援に注力。

今泉:金利が徐々に上昇する中、かつてのように短期金融市場で余剰資金を管理することを含め、企業は資金効率の意識を高めています。キャッシュマネジメントの効率化・高度化を進めるうえで、金融のデジタル化は重要な手段になるでしょう。一部のグローバル企業はすでにそうした取り組みを始めています。

鈴木:代表的な事例の一つはJPモルガン・チェースです。ブロックチェーンを活用したキャッシュマネジメントサービスを、シーメンスなどのグローバル企業に提供しています。各国の拠点で発生する資金の余剰と不足を自動的にマッチングさせ、リアルタイムで最適化するサービスです。今後は、日本企業の間でもキャッシュマネジメント高度化へのニーズは高まるでしょう。

今泉:グローバルで資金が行き交う時代ですが、金融は基本的にはローカルなビジネスだと思います。法人は各国の商慣習を踏まえて活動しますし、個人はそれぞれのライフプランに応じて金融取引をするなど、各国の文化が反映されます。金融機関の強みの多くは、そうした顧客に向き合う中で培った知見やノウハウに基礎があるのではないでしょうか。それらは、デジタル化の進展によって一気に消失してしまうようなものではありません。その意味で、デジタルを得意とするプレーヤーと既存金融機関とのコラボレーションは有効だと思いますし、実際にさまざまな連携が生まれています。デジタル化が進む中で、金融機関は長年にわたる顧客との信頼関係などの強みを、いかにマネタイズするかが問われているといえるでしょう。

鈴木:アメリカではステーブルコインの流通量が急増しています。この分野の規制枠組みを定める「ジーニアス法」の準備が進んでいますが、法が施行されればこの動きはさらに加速するでしょう。ウォルマートやアマゾン・ドットコムはクレジットカードなど既存決済手段の手数料負担を嫌って、自前のステーブルコインを準備中と伝えられています。既存金融機関がこうした動きにどう対応するかは、一つの大きな論点です。場合によっては、競合関係になることもあるでしょう。トークン化預金は預金が裏付けになるので預金取扱金融機関が介在しますが、ステーブルコインの場合はそうとは限りません。トークンエコノミーが拡大する将来に向け、金融機関はどのような役割を担うべきか真剣に検討すべき時期だと考えます。顧客企業に対するNFTなどのトークンを活用したビジネスモデル創出のコンサルティング支援サービスを始めようとしている地域金融機関もあります。

金融のデジタル化による社会的コストの低減という点で、何が期待できるでしょうか。

鈴木:たとえば行政プロセスです。北國銀行がデジタルプラットフォーマー社と共同で展開するデジタル地域通貨は、国内の先進事例の一つです。トークン化預金の「トチカ」のほか、自治体が発行するポイント「トチポ」もある。これらのサービスは地域における金融サービスの高度化とともに、自治体DXも目指しています。さまざまな支援給付や地域クーポンなどをデジタル基盤上に統合し、管理一元化・手続きの簡素化を志向しています。石川県内の一部自治体で始まった試みですが、日本中の自治体が同じ課題を抱えているはず。また、個別の属性情報を制御するデジタルマネーである「プログラマブルマネー」の可能性も大きい。「お金に色はついてない」といわれますが、デジタル通貨には「色」をつけることができます。自治体業務に即して言えば、交付金や給付金などを特定用途だけに限定する形で提供することも可能です。

デジタル通貨の法規制はイノベーションを阻害するのか

デジタル通貨において、日本はグローバルでどのようなポジションを得ているでしょうか。また、グローバルの競争に向き合うポイントはどこにありますか。

鈴木:残念ながら、日本の出遅れ感は否めません。2023年の資金決済法改正でデジタル通貨をめぐる法整備が進みましたが、国内初の円建てステーブルコイン「JPYC」は法施行から2年強を経て2025年10月に発行となりました。海外に比べて法整備こそ先んじたものの、サービス開始はかなり遅れました。法整備や既存ビジネスとの整合性調整など、綿密な土台づくりは持続的なビジネスモデルの構築につながる側面もあり、一概に否定するものではないと思います。一方で、「ファーストペンギンになる必要はない」という大企業や金融機関の雰囲気も感じます。しかし、ブロックチェーンやデジタル通貨、さらにAIなどのテクノロジーも、今後のビジネスでは所与の条件として考える必要があります。変化する環境に、いかに先んじて自分たちの戦略をアジャストするかが企業の競争力へとつながっていくものと考えます。

今泉:ステーブルコインにせよトークン化預金にせよ、社会実装を進めるうえで、一番のカギはユースケースの創造だと思います。具体的に目指す将来の「絵」とそこに至る道筋が共有されれば、相応の投資がなされるでしょう。海外を含めこの分野にすでに大きな投資をしているプレーヤーは、それぞれの具体的な絵を目指して取り組んでいると思います。他のプレーヤーにもぜひ、創造的な絵を描き、積極的に取り組んでもらいたいですし、我々もしっかり後押ししていきたい。

デジタル通貨に対して、金融当局はどのようなスタンスを取っていますか。

今泉:金融行政の課題は、30年前とは様変わりしています。自分で言うのは気が引けますが、金融庁は霞が関の中でも進取の精神に富んだ役所だと思っており、私たちは金融ビジネスの変革を大いに歓迎しています。その際、重要なのは市場メカニズムが機能すること。「これが正解だからやりなさい」と我々が示すのではなく、利用者が、情報の非対称によりゆがめられることのない環境で、サービスを取捨選択していく世界を実現することが重要です。さまざまなプレーヤーが創造性を発揮して生み出したものが、競争の中で選ばれていくという状態が最も健全だと思います。

「厳しい規制がイノベーションを阻害する」といった主張をよく耳にします。デジタル通貨において、規制とイノベーションの関係をどのように理解すべきでしょうか。

今泉:私たちは利用者保護の確保の下で、イノベーションが進められるべきと考えています。金融には情報の非対称性という問題が常に付きまといます。イノベーションの名の下に利用者から収奪するようなサービスを許容することはできません。もちろん、利用者保護をより合理的な手段で実現していくことは重要で、その手段・方法の妥当性については常に議論する必要がありますが、イノベーションのために利用者保護を犠牲にしてもかまわないとはまったく考えていません。それは金融庁の存在意義に関わる問題です。

鈴木:その通りだと思います。ブロックチェーンに基づく分散型のエコシステムは有用なものですが、それが社会インフラとして成立するには消費者保護や安全性確保は不可欠です。アーリーアダプターだけの世界なら成立するかもしれませんが、安全でなければ広く一般の人たちが参加することはありません。

非金融企業にこそデジタル通貨の可能性が広がる

「日本型トークンエコノミー」構築に向けた課題と解決策についてお聞かせください。

鈴木:大きな課題の一つは人材育成です。ブロックチェーンやAIなどの技術を使いこなし、新しい価値創出につなげる人材をいかに育てるか。幅広い年齢層に対するリテラシー教育は非常に重要です。教育機関はもちろんですが、それぞれの企業も各階層での教育に注力する必要があるでしょう。

今泉:たとえば、暗号資産に関しては、金融審議会の「暗号資産制度に関するワーキング・グループ」が開かれるなど、産官学の関係者が公的に話し合う機会もあります。これ以外に行政が主催する場もありますし、他のプレーヤーが開催するオープン・クローズそれぞれの会合も多くあります。私たちは、アカデミアの方々、関係企業の皆さんとのコミュニケーションを大事にしていますし、そうでなければ私たちのミッションである利用者保護とイノベーションの両立は達成できません。侃々諤々の議論を通じて、新しいトークンエコノミー、それに適した規制のあり方を考え、実行に移す。私自身、非常にエキサイティングなうねりの中に身を置いていると感じます。

最後にデジタル通貨の将来について、お考えをお聞かせください。

今泉:本日のお話は「金融の話」「財務部門のテーマ」ととらえられるかもしれませんが、ここまでお話ししたように、デジタル化を通じて金融と非金融の融合が進み、今後さらに幅広い産業にインパクトを与える可能性があります。非金融セクターの経営者の方々にも、決済を含め皆さんが意識するしないにかかわらず利用されている金融サービスにも関心を高めていただけるとありがたいです。製造業にせよ、流通業にせよ、その経営者はみずからの業界と事業について深い知識をお持ちです。そのビジネスにおいてデジタル×金融を通じて、より効率化が可能にならないかを、ぜひ一緒に考えていただきたいと思います。金融庁にはFinTechサポートデスクというチームがあります。金融機関からの問い合わせだけでなく、多くの事業会社から「こんなことを考えているが、規制との関係はどうか」といったご相談を日々受けています。本日話題の決済分野に限らず、今後、こうした相談がもっと増え、新たなイノベーションが進んでいくことを期待しています。

鈴木:先ほどお話ししたように、日本はいち早く法整備を進めたのに商用化の動きが遅れました。まず、その現実を正面から見据えて、今後何をすべきか考える必要があります。業種業態、企業によってデジタル通貨活用に向けたアプローチはさまざまでしょう。オペレーションコスト削減や人材不足の解消を目指す企業、新たなサービス開発に取り組む企業などなど。新しい道具を使って、あるいは組み合わせて何ができるかという議論を加速し実行に移す必要があります。そのうえで、日本発の新しいユースケースを世界に発信していく。そんな日本企業の活動を、私たちは全力で支援したいと考えています。

注)
ブロックチェーン上で、契約や取引を自動的に実行する仕組み、プログラムのこと。

企画・制作|ダイヤモンドクォータリー編集部
構成・まとめ|津田浩司 撮影|佐藤元一 イラスト|宇那木孝俊

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