第3回:【スペシャル・ディスカッション】カーボンニュートラルという未踏の頂上目指し、「超革新的技術」で立ち向かう鉄鋼産業の挑戦~日本製鉄×JFEスチール×神戸製鋼所×三菱UFJ銀行~

神戸製鋼所・木本和彦 私たちは今なお「鉄器時代」に生きています。鉄がないと社会が成り立たない。そういう重要な製品がCO2を大量排出して課題に直面している。カーボンニュートラル実現のためには、JFEスチールの手塚さんがおっしゃったように業界で協力してやることと、個社でやることがあります。ただ、この課題が特殊なのは、素材産業の努力だけでは解決できない問題もあるということでして、安価な水素の安定供給の問題、電力の価格や供給の安定の問題など、日本の産業が結集しないと解決できないのです。製鉄技術で解決できることは多くありますが、全てを解決することはできないのです。鉄鋼業は社会的責任を果たさないといけないと私も思っています。しかし、一筋縄ではいきません。

もう一つの要点は時間の制約です。この問題の特殊性は、単に、早く走った者が勝つという普段の競争原理とは少し異なり、時間のデッドラインが30年、50年と決まっていること。だから、できる技術・できる製品から早く社会に提案し提供するという、普段とは違う行動原理が求められます。今は自分たちでできることに手を付けている段階です。経済産業省さんやGXリーグ(温室効果ガス排出量取引や排出削減の目標設定などに取り組む枠組み)のけん引のチカラも借りてカーボンニュートラル実現を「社会の仕組みとして取り組む」という高みに早く到達しないといけない。最初のハードルは6年後(30年)。気を入れて取り組まないと間に合わないと、少し焦っているところです。

具体的な取り組みとして挙げられるのは、主要な製鉄設備である「高炉」に代わるCO2を排出させない新技術の開発だ。高炉は、鉄鉱石(酸化鉄)を石炭(炭素)で還元し、酸素を取り除いて鉄を製造する非常に効率のいい設備だが、還元の過程でCO2が排出される。そこでCO2の排出につながる炭素を水素に置き換える「水素還元法」、高炉から高効率の大型電気炉への転換といった技術開発が複線的に行われている。一部の技術はCO2大幅削減を実現しており、試験段階から実機段階へ移行しつつある。

――カーボンニュートラル実現のためには莫大な投資が必要になります。投融資を行う銀行として、鉄鋼産業の課題をどのように捉えているのでしょうか。

三菱UFJ銀行・石川隆一 強い素材産業が日本の国際競争力を支えると考えていますので、日本の鉄鋼産業が、今般のカーボンニュートラル潮流の中で産業力を落とすことなく、むしろこの流れを新たな成長のチャンスと捉えてトランジションしていけるよう、投融資の側面からしっかりとサポートしていく所存です。

鉄鋼産業はHard-To-Abate産業(CO2削減が困難な産業)の最たるセクターであり、温室効果ガス削減には新たな技術革新に加えて、それらを商業ベースで実装化していくためのさまざまなサプライチェーン構築が前提となると理解しています。

例えば「高炉水素還元」の水素や「大型電気炉での高級鋼製造」のグリーン電力などの安定調達は鉄鋼産業に限らず全ての日本の産業界に深く関与する課題ですので、当行はこのような産業横断的な課題に対して積極的に関与していくことにより、鉄鋼産業のトランジションに対するさらなる側面支援に貢献できればと考えています。

いずれにしましても、日頃より鉄鋼各社の皆さまと多面的重層的に丁寧なエンゲージメント(対話・相互理解)を重ねていき、鉄鋼産業に対する理解を常に深くアップデートしていくことが肝要ですね。

脱炭素社会は1社では実現できない
業界内での協力、業界横断での取り組みによるカーボンニュートラル、そしてその先にあるビジネスチャンス

――カーボンニュートラル実現の難しさはどこにあるのですか。

JFEスチール・手塚 この問題の難しさは、一つの会社、一つのセクターだけが突出して先行しても駄目だというところです。仮に鉄鋼産業がカーボンニュートラルで鉄を作る技術を開発できたとしても、そこでは確実にカーボンニュートラル水素や電力、あるいはカーボンニュートラル燃料が必要になってきます。しかも、その必要とする量がものすごく大きい。

また、量産設備と試験設備では規模がまるで違うので、商業規模での実機化ではコンビナート全体を入れ替えるような大規模な工事を同時並行で進めなければなりません。あまり早くやり過ぎると、鉄の技術はあるけれど、水素や電気などの供給インフラが足りないという事態が起こり、その先の投資ができなくなる。これをどう調整していくか。日本全体の政策、シナリオというか、ストーリー作りがとても重要になってきます。

三菱UFJ銀行・石川 とにもかくにも世界の共通認識としたいのは、カーボンニュートラルの実現に向けた温室効果ガス削減には、国・地域においておのおのの特性を踏まえた方法(パスウェイ)が存在するということです。欧州のような大陸と日本のような島国では、そもそも置かれた環境が全く異なるわけですから。

昨年のCOP28で省エネ削減率に関して言及がありましたが、日本の産業界は資源に乏しい島国・日本において、昔から徹底的な省エネと生産性向上、そしてサーキュラーを突き詰めて実践してきていると思います。したがって、各国一律に近年比で将来に向けた削減率を課して評価していくことが必ずしも正しいやり方ではないと考えますが、むしろ日本の省エネ技術を輸出していく追い風とも前向きに捉えることができます。

JFEスチール・手塚 ピンチをチャンスと捉える考え方からしますと、先ほど鉄器時代という話が出ましたけれども、世界の鉄は毎年19億トン作られていて、その約7割は高炉を使って作られています。ただ、国・地域によって状況が違い、米国は半分以上が電気炉、欧州は高炉6割・電気炉4割ぐらい、そしてアジアは8割、約11億トンが高炉で生産されていて、しかもアジアの経済成長に伴って今後も増加することが予想されています。高炉鋼のCO2排出原単位は粗鋼トン当たり2トン強とされていますので、アジアの高炉だけで22億トン以上のCO2を出しているわけですが、日本が仮に高炉からのCO2排出を半減する技術を開発・実用化できれば、アジアだけで年間11億トン、日本の年間CO2排出量にほぼ匹敵するCO2削減に貢献できることになります。それはわれわれにとってビジネスチャンスであると同時に、世界の気候変動対策への貢献にもつながるはずである。そういう思いもあり、誰よりも早く、高炉が排出するCO2を限界まで下げる技術を確立することに挑戦しているわけです。