莫大な投資を可能にするために
需要家・消費者に環境価値が理解されることも重要

――実現には莫大な投資が必要になりますね。

第3回:【スペシャル・ディスカッション】カーボンニュートラルという未踏の頂上目指し、「超革新的技術」で立ち向かう鉄鋼産業の挑戦~日本製鉄×JFEスチール×神戸製鋼所×三菱UFJ銀行~日本製鉄
池田 悟 財務部長

日本製鉄・池田 研究開発は各社共に分担できるところは分担し、国家プロジェクトとしてGI基金を頂きながら、必死で進めています。その先には、スケールアップも含めて難しさがあるというお話はJFEスチールの手塚さんからありましたけれども、研究開発の結果を実機に実装するためには莫大な投資が必要になります。民間企業ですから、その経済合理性をステークホルダーの皆さまから問われることにもなるでしょう。

CO2排出量の少ないプロセスで作った鉄もそうでない鉄も製品となれば同じ。自動車のガソリン車とEV(電気自動車)のような明確な違いがあるわけではありません。製品の品質・特性は変わらないという難しさがある。その中で莫大な投資を続けなければいけない。そういう難しさがあることをご理解いただければと思います。

神戸製鋼所・木本 それは「投資の回収が可能ですか」という単純な問いでもあるのです。私たちの莫大な投資コストを国民の皆さまで少しずつ負担していただけますか?製品の価格が上がることを容認していただけますか?ということです。CO2削減という新しいバリューへの投資に対する負担の必要性を、国民一人一人に理解していただくというプロセスがまだ大きく残っていますね。技術開発や投資は私たちの得意分野ですからいくらでもやるのですが。

日本製鉄・池田 巨額の投資を行うという意味では、グリーン鋼材の価値に対する社会の理解が重要です。欧米各国、中国などでは政府からの支援がかなり行われています。国際競争の渦中にある民間企業としては、イコールフッティング(同等条件)も含めた政府主体の取り組みにも期待したい。

――鉄鋼産業の取り組みを国際社会へ発信することも必要ですね。

第3回:【スペシャル・ディスカッション】カーボンニュートラルという未踏の頂上目指し、「超革新的技術」で立ち向かう鉄鋼産業の挑戦~日本製鉄×JFEスチール×神戸製鋼所×三菱UFJ銀行~JFEスチール
手塚宏之 専門主監(地球環境)

JFEスチール・手塚 今は私たちのような素材、バリューチェーンの上流がフォーカスされていますが、デマンドサイド(需要側)の需要喚起の立て付けが政策的にも制度的にも必要です。日本の製造業は国内だけの需要を追っているわけではなく、成長するアジアを中心とする世界の需要を追い掛けているので、政府にはグリーン鋼材の国際的なプロモーションをしていただき、供給側として安心して脱炭素投資ができる環境をつくっていただきたい。

三菱UFJ銀行・石川 日本の産業界からの、われわれ金融機関に対する役割期待に思いをはせた場合、その中立的な立場を活用した国際世論形成、日本の取り組みを海外に向けて発信していくことが大きな一助となるのではないか、と考えています。

当行は具体的な取り組みとして、21年4月に英国グラスゴーで開催されたCOP26において、ネットゼロへの移行を目的に設立された、世界45カ国500社を超える金融機関の有志連合(Glasgow Financial Alliance for Net Zero)のセクター別アライアンスの一つ、Net Zero Banking Alliance(銀行セクターの脱炭素イニシアチブ)に、邦銀で唯一、ステアリンググループのメンバーとして参画し、可能な限りルールメーキング側に関与していくことを心掛けています。

また22年より、取引先企業の皆さまから多大なるご協力の下、日本のカーボンニュートラルに向けた取り組みや優れた技術をまとめた「MUFGトランジション白書」を策定・発刊して、欧州委員会、EU(欧州連合)各国や米国の行政当局に対するロードショーを毎年行うことで、日本の置かれた環境や技術開発の状況などに関して意見交換し、そこで得られた所見や見解などを日本に持ち帰って、取引先企業の皆さまとの対話ツールとして活用しています。

神戸製鋼所・木本 人類が発明した最も効率のいい鉄を作る方法が高炉法です。これ以上の製造設備は恐らくない。そこから、経済的な効率性だけでなく環境という点も踏まえた製造方法へ変更していく必要があるので、巨額の投資が必要だし、どうしても製品の値段は高くなってしまうこともあるかもしれない。ただ結果として生まれる環境価値のようなものがしっかりと理解されるような社会となれば。私たちとしても(製造方法だけでなく)こうした点にも力を尽くしたいと思います。

第3回:【スペシャル・ディスカッション】カーボンニュートラルという未踏の頂上目指し、「超革新的技術」で立ち向かう鉄鋼産業の挑戦~日本製鉄×JFEスチール×神戸製鋼所×三菱UFJ銀行~

今回の座談会を通じて、鉄鋼産業のような素材産業はあらゆるものづくりの最上流にある基幹産業であり、だからこそカーボンニュートラル実現に向けては、技術開発の取り組みだけでなく、産業の連関性も踏まえた、業界横断での取り組みが重要だ、と理解することができた。と同時に需要家や消費者の意識変容といったさらなる課題も垣間見えた。一方で、鉄鋼各社はアジアという広大な市場への展開も見据えて、技術開発や広い意味でのインフラ整備に着手しており、また金融業界からも各社の取り組みを後押ししていくという強い意志を感じ取れた。政府、国民も巻き込んでの、産業界全体でのカーボンニュートラル実現を期待したい。