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フェイスブックの爆発的増殖力が突きつける難題!
「我々はプライバシーの制御を失う覚悟はあるのか」
~サイバーセキュリティの世界的権威が警鐘

英BT チーフセキュリティテクノロジー・オフィサー
ブルース・シュナイアー 特別インタビュー

2010年11月22日
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 アカウントを持っていなくても、フェイスブックは私の交遊関係を知っているのだ。私自身は、これを非常に憂慮すべき事態だと感じているのだが、いったい他のユーザーは平気なのだろうか。

 フェイスブックは、プライバシー設定をたびたび変更するが、これは彼らがユーザー情報をカスタマイズして、より売れるようにする方法を積極的に改良し続けているからだろう。

 もちろん、「友達と共有」するのは、人間の本質だ。人間は社会的な生き物なので、今までもパーティーで話をしたり、電話でおしゃべりをしたりしてきた。それをわれわれは今、SNSでごく手軽にやっているだけなのだ。

 ただ、昔はプライバシーと言えば「秘密」を指していたが、今はそうではない。現在のプライバシーとは、「コントロールできる」ことだ。

 医療記録が自分の許可なしに医薬品会社に売られたり、国家保安局が国民の電子メールのやりとりを盗み見ることができるという事実は、我々がそうした情報に対して自分のコントロール権を失っていることを意味する。

 同様に、SNSが人と人との共有情報を公開できることは、われわれがそうした情報に対して自分のコントロール権を失っていくことを意味する。

 自分の私生活や考えを共有する際に、誰とどのようにどこで共有するのか、そのコントロールを自分でできなくなることは、プライバシーを失ったことと同じなのだ。

 現在は、市場の力がますますプライバシーを失うことへわれわれを慣れさせようとしている。ソーシャルなルールは、利益を出したいという目的を持つ企業によって定められているからだ。国民が自分のデータをコントロールできるよう、何らかの法制化が必要な時代になっていると思う。

 ところで、今は皆、さかんにフェイスブックに書き込んだり、ツイッターでつぶやいたりしているわけだが、過去に何を書き込んだか、何をつぶやいたかをすっかり忘却しているだろう。

 だが、興味深いことに、データのストレージや処理コストが安くなるにしたがって、電子メールのやりとりや書き込み、つぶやきはますます残っていく。サイト側は削除に手間を費やすよりは貯めておく方が安上がりだからだ。

 注意書きを良く読めばわかるが、ユーザーがページから削除したからと言って、そのデータをサーバーからも削除するとは、サイト側は約束していない。データは、われわれが死んだ後も残り続けるのだ。(談)

世論調査

質問1 SNSの普及を受けて、個人のプライバシー保護の観点から法制度の強化が必要だと思うか?



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