2016年4月14日、熊本県・大分県を襲った「震度7」から5ヵ月が経過した。しかし生活弱者・低所得層の生活再建は、「住」でつまずいたままだ。
熊本市最後の避難所が閉鎖
行き場のない人はいなくなったのか?
2016年4月14日・16日、熊本県・大分県を中心に、最大震度7の地震が発生した。熊本市内では、避難所等への避難者は最大で11万人に達していたが、応急仮設住宅などの整備が進められ、避難者は減少していった。2016年9月15日には、熊本市で最後の拠点避難所が閉鎖された。しかしいまだ、益城町など被害の大きかった8市町村には避難所が残っており、400人以上が避難所生活を送っている(参考:TBSニュース)。
今回は、2016年8月下旬の熊本市の様子・避難所の様子・支援団体に寄せられていた相談と対応を中心に、熊本市の生活弱者・低所得層の生活、特に「住」の現状をレポートする。
2016年8月22日、熊本市の避難所は東区担当・南区担当の1ヵ所ずつに集約され、避難者数は、合計で161人まで減少していた(熊本市発表)。そもそも、最大で11万人に達していた避難者は、全員が「それまでの住まいが住めなくなった」を理由として避難していたわけではない。大地震で倒れた家具・割れたガラスなどを片付ければ「住めることは住める」という状態であったり、ライフラインが復旧していないので住まいで暮らせなかったりする人々も含まれていた。しかし、それだけではない。
2016年8月23日、生活と健康にかかわる活動を幅広く行ってきた「熊本市生活と健康を守る会」で事務局長を務める阪本深(ふかし)さんに、震災後の状況について聞いた。阪本さんは開口一番、
「今回の熊本地震の特徴は、余震が続いたことです。特に女性で一人暮らしの方に、『余震が怖くて、自分の住まいでは眠れない』という方が多かったです」
と語った。避難所暮らしを余儀なくされていた「最大11万人」は、そういう方々なのだろうか?
「いえ。避難所は、すぐ満員になってしまいました。高齢者・障害者・小さいお子さんのいる方は、一晩泊まったら精神的に参ってしまって……行くところがなかったんです」(阪本さん)
自分の住まいにはいられない、避難所にもいられないとなると、どこで眠ればよいのだろうか?
「野原や公園で、隣近所の方が集まってグループを作って、寝ていたんです。中には、車中泊の方もいました」(阪本さん)
4月の地震発生は、「不幸中の幸い」だったかもしれない。しかし地震発生直後の大雨、夏に向けての気温上昇。野宿もままならない日は多かったはずだ。
「今でも、余震を怖れている方は少なくありません。何日かに1回はありますから」(阪本さん)