日銀の「新手法」が銀行経営を改善しインフレ率を上昇させる仕組み

 今月20日~21日に米国と日本の中央銀行がともに金融政策を決定する会合を開催した。まず、米国FRBの連邦公開市場委員会(Federal Open Market Committee:FOMC)については、7日に掲載した第44回の本稿『FRBの利上げを「12月」と予想する3つの根拠』で予想した通りの内容であるので、ここでは説明しない。

 日本銀行は金融政策を変更し「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」とした。長短金利操作とは、日銀はイールドカーブ・コントロールと言っているが、要は、今回は短期金利をそのままに、長期金利を上げるよう操作する。これは銀行経営を改善しインフレ率を上昇さるだろう。

 まずイールドカーブをどのようにスティープ(急勾配)化させるかというと、最近まで、日銀はオペレーション(操作)として国債をまんべんなく買っていた。それがいままでの「平均残存期間を7~12年」にする、というものであったが、これが廃止される。つまり、まんべんなく買うのではなく、長期国債の購入を減らすのだ。長期国債を買わなくなるということは、その価格が下落する=金利が上昇する、という仕組みである。

 現在、日本の経済成長が芳しくないため、市中の銀行では貸し出しが伸びない。全体でも預金の約7割しか貸出しに回っておらず、残りの3割は国債等で運用している。メガバンクではその割合が6割・4割となる。実際、貸出業務では過剰な競争のせいで多くの銀行で逆ザヤになり、収益が出ていない。そのため、最近の銀行収益の多くは大量に買った国債の利息に頼っていた。しかし、2月に導入された「マイナス金利政策」のために、国債の金利までもがマイナスになり、銀行は多くの収益を失った。この状況は現在の銀行業務ができた明治以降の銀行業界にとって、最大のピンチだ。しかも構造的な問題であり、経営努力ではどうしようもない。

 今回、さらに「10年物国債利回りを0%程度に誘導する」ともしている。つまり、10年より長い利回りの国債の金利はプラスになるということである。銀行は20年物国債を中心に購入しているので、銀行の収益はプラスに戻ることになる。そのため銀行株が買われ始めた。

 筆者は「長期金利とインフレ率の関係」についても研究してきた。詳しくは拙著『通貨経済学入門』(日本経済新聞社)に書いたが、一言で言うと、正常な経済では、長期金利はインフレ率と近くなるのである。言い換えれば、長期国債の利回りとインフレ率は均衡する傾向がある。要はおカネで運用しようが、モノで運用しようが、それは裁定されるということである。例えば、最近の米10年物国債の利回りはこの3ヵ月では、ほぼ1.6%程度となっている。一方、米国の物価指標であるPCEデフレーター(食品とエネルギーを除くコア)は、最新の7月のデータでは、まさに前年同月比1.6%上昇となっている。

 さらにいえば、長期国債金利までもマイナスになっているということは、「長期に渡ってインフレ率がマイナスになる」ということを示す。つまり、長期金利を上げることが、市場のインフレ期待を高めることになる。この部分の政策が、いままではまさに逆になっていたのである。

 米国のFRBはまさにこの部分に気がついており、いち早く「正常化」に向かった。正常化の意味は、具体的には金融市場の一部である“銀行”の経営の正常化と、“物価”上昇率の正常化を指している。日本でも、おカネの「量」を目標にして増やす「量的金融緩和」は3年半やっても効き目が弱かった。今回、目標を「金利」に戻し、イールドカーブをスティープ化(長期金利の上昇)することによって、インフレ率も上昇してくることを期待する。

 為替レートについては、特に金利の影響を受ける。今回も日本ではマイナス金利の深堀りなどと更なる金融緩和(利下げ)を予想する向きもあった。一方、米国では金融引締め(利上げ)を予想する向きもあった。結果としては、予想に対しては、日本は金利が上がり、米国は金利が下がったわけだ。日米の金利差の動きを見るならば、円高ドル安に動く方向となるのである。

日銀の「新手法」が銀行経営を改善しインフレ率を上昇させる仕組み
【著者紹介】
しゅくわ・じゅんいち
 博士(経済学)・エコノミスト。帝京大学経済学部経済学科教授。慶應義塾大学経済学部非常勤講師(国際金融論)も兼務。1963年、東京生まれ。麻布高校・慶應義塾大学経済学部卒業後、87年富士銀行(新橋支店)に入行。国際資金為替部、海外勤務等。98年三和銀行に移籍。企画部等勤務。2002年合併でUFJ銀行・UFJホールディングス。経営企画部、国際企画部等勤務、06年合併で三菱東京UFJ銀行。企画部経済調査室等勤務、15年3月退職。4月より現職。兼務で03年から東京大学大学院、早稲田大学、清華大学大学院(北京)等で教鞭。財務省・金融庁・経済産業省・外務省等の経済・金融関係委員会にも参加。06年よりボランティアによる公開講義「宿輪ゼミ」を主催し、4月で10周年、開催は200回を超え、会員は“1万人”を超えた。映画評論家としても活躍中。主な著書には、日本経済新聞社から(新刊)『通貨経済学入門(第2版)』〈15年2月刊〉、『アジア金融システムの経済学』など、東洋経済新報社から『決済インフラ入門』〈15年12月刊〉、『金融が支える日本経済』(共著)〈15年6月刊〉、『円安vs.円高―どちらの道を選択すべきか(第2版)』(共著)、『ローマの休日とユーロの謎―シネマ経済学入門』、『決済システムのすべて(第3版)』(共著)、『証券決済システムのすべて(第2版)』(共著)など がある。
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