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ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。
【第18回】 2016年10月17日
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原田まりる [作家・コラムニスト・哲学ナビゲーター]

【『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』試読版 第13回】えっ、ニーチェってシェアハウスに住んでるの?

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17歳の女子高生・児嶋アリサはアルバイトの帰り道、「哲学の道」で哲学者・ニーチェと出会って、哲学のことを考えはじめました。
お休みの土曜日、「今日みたいな日は、ニーチェのように深くものごとを考えてみるのもいいかもしれない」とまどろんでいたら、ピンポン!ピンポン!ピンポン!ピンポン!とチャイムが連打されたのでした。
ニーチェ、キルケゴール、サルトル、ショーペンハウアー、ハイデガー、ヤスパースなど、哲学の偉人たちがぞくぞくと現代的風貌となって京都に現れ、アリサに、“哲学する“とは何か、を教えていく感動の哲学エンタメ小説『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』。今回は、先読み版の第13回めです。

今日みたいな日は、ニーチェのように深くものごとを考えてみるのもいいかもしれない

 いつもの癖で目が覚めた。枕元にあるスマホを手に取ると、時刻は七時半を回ったところであった。なんだ、まだ七時半か。そう思うと私はもう一度布団にもぐった。

 今日は土曜日。つまりアラームをかけなくてもいい日である。

 高校入学を機に実家を離れてから二年目。

 私は京都出身だが、京都府の北部にある宮津市という場所の出身である。天橋立などの観光名所もあるが、京都市内よりも福井県に行く方が近く、高校がある駅まで出るにはバスと電車で片道三時間近くかかってしまうので、市内の高校入学と同時に一人暮らしをしている。

 部活をやめるまでは寮にいたが、部活メンバーと顔を合わせるのが気まずくなって寮を出てからは一人で市内のマンションに住んでいる。高校生の一人暮らしなんて許されたものではないかもしれないが、私にあまり興味のない母は、引き止めることもなく実家から離れて暮らすことを容認した。

 家族は、おばあちゃんと父と母と三歳上のお兄ちゃんが一人の五人家族。家族といっても、テレビでよく見るような温かい家庭というわけではない。

 物流会社の役員である父はいわゆる仕事人間で、二年ほど前から一人でベトナムに赴任している。一緒に住んでいた時も、私たちのことはノータッチで帰ってこない日も珍しくなかった。

 母は、もともとお嬢様育ちだったこともあってか、いまだにおばあちゃんにべったりで、私のことにあまり興味を示さない。幼い頃から何をやっても私より出来のいい兄のことには興味があるようだが、出来の悪い私のことは評価していなかった。小さい頃からピアノや習字やバレエなど習い事を勧めてくるものの、いざやりだしても私がどれだけ上達したのか、ということには本心では興味がないのだ。

 母親の自慢の兄は、東京の有名私大に進学して以来、お正月とお盆くらいしか実家に顔を見せなかった。どうやら東京にいる方が居心地いいらしい。

 家族仲が崩壊した複雑な家庭環境とまではいかないが、自分の家庭が一般的な温かい家庭とは違うということは、なんとなく小学生の頃あたりから感じていた。

 友達に両親のことを話すと必ず「寂しくないの?」と聞かれるのだが、中学校に上がる頃には、自分が寂しいのかどうかも考えなくなっていた。

 小学生の頃は、もっと両親にかまって欲しくて、勉強を頑張ったり、わがままを言ったり、あの手この手で両親の気を引こうとしていたこともあったが、小学校高学年になる頃には「ああ、うちの家は他の家のようにはなれないんだ」と、限界があることに気づいてしまったのだ。

 限界を感じてから、私はそれ以上家族に深入りしようと思わなくなっていた。むしろ家族に期待しないですむよう距離を置いて一人になりたいと思うようになってさえいた。

 手に入らないものを渇望して辛い思いをするくらいなら、諦めて忘れてしまった方が傷つかずに済む。

 本当は寂しいのかどうかと聞かれれば、本音では寂しいのかもしれないが、自分の気持ちを直視することが、どうしてだか出来なかった。

 直視するのが怖いのか、それともしたところで何もならないことをわかっているからか、考えはじめても、途中で頭の中が真っ白になってしまい、それ以上、深掘り出来ないのだ。

 そのように思っていたからか、一人暮らしをしていても強烈な寂しさを感じることはそんなになかった。目の前の生活や学校やバイトのことに忙しく、寂しさを感じる間がないのかもしれないが。

 けれども、先日、ニーチェと鴨川に行った時、私は気づいてしまった。母から「たまには実家に顔を見せなさい」と言われても意固地になってあまり帰らなかったのは、「諦め」に心が埋めつくされていたからだということに。

 実家に帰って母親に甘えたとしても、それは一瞬気を紛らわせていることにすぎない。またすぐに一人暮らしの家に戻って、一人の生活が始まる。

 それは何度実家に帰ろうが、同じことだ。何度実家に帰っても、また一人の生活が始まる。

 つまり、私にとって実家に帰ることは、一種の「無駄」なのだ。

 けれど無駄だからといって、ずっと実家を避けつづけていいのだろうか。どうせ帰っても何も変わらないと、ニヒルに構えていいのだろうか。自分の中でふとした疑問が生まれていたのであった。

 人生とは、日常のことに忙殺され、気づけば時間が経っているというものかもしれないが、正直いうとニーチェのように人生について深く考えたこともない。

 けれども今日は、土曜日。バイトも学校も何もない。急いで起きる必要もなければ、家から出ずに過ごしてもいい。なんなら一日中パジャマで過ごしてもいい。

 今日みたいな日は、ニーチェのように深くものごとを考えてみるのもいいかもしれない。

 実家のことについて、自分の気持ちを少し整理させてみるのもいいかもしれない。そう思い、もう一度眠りにつこうとした時、チャイムが、部屋に響いた。

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原田まりる(はらだ・まりる) [作家・コラムニスト・哲学ナビゲーター]

1985年 京都府生まれ。哲学の道の側で育ち高校生時、 哲学書に出会い感銘を受ける。京都女子大学中退。 著書に、「私の体を鞭打つ言葉」(サンマーク出版)がある。


ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。

17歳の女子高生・児嶋アリサはアルバイトの帰り道、「哲学の道」で哲学者・ニーチェと出会います。哲学のことを何も知らないアリサでしたが、その日をさかいに不思議なことが起こり始めます。キルケゴール、サルトル、ショーペンハウアー、ハイデガーなど、哲学の偉人たちが続々と現代的風貌となって京都に現れ、アリサに、“哲学する“とは何か、を教えていきます。本連載では、話題の小説の中身を試読版としてご紹介します。

 

「ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。」

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