デザインとテクノロジーを融合し
データサイエンスが加わったTOTOの開発プロセス
1964年、東京オリンピック開催の年。建設ラッシュに沸く東京で、TOTOがホテルニューオータニの誕生に合わせて初めて開発したのがユニットバスルームの歴史の始まりだ。それまで職人がタイル張りの従来の工法で1室当たり1カ月ほど必要としていた工期はわずか3~5日に短縮され、建築の常識が大きく変わった。
それから六十有余年。ユニットバスは浴室の“当たり前”になるとともに、日本で独自の進化を遂げてきた。リーディングカンパニーであるTOTOは、創立者の大倉和親が残した「需要家の満足が掴むべき実体」という言葉に従い、目先の利益よりもユーザーの満足を優先して、「品質」「デザイン性」「高級感」「機能性」「使いやすさ」といった要素を常に見直し、より快適なバスルームの創出、そしてより心地のよい“入浴”を追求し続けてきた。
「使いやすさ」を追求するため、日本ではまだバリアフリーの概念も一般的ではなかった60年代から障害者への配慮に取り組むほか、創業当時から力を入れてきた年代、性別、体格、家族構成やライフスタイルなどさまざまな違いに寄り添う研究開発を一層進化させるため2006年には神奈川県茅ケ崎市に「UD研究所」を設立。
さらに08年からは海外展開強化に向けて「デザインとテクノロジーの融合」を掲げ、部品点数の多さや使用環境、耐久年数など品質的・性能的制約を優れた技術で解消し、世界でも高い評価を得ている。
TOTOの開発プロセスは、データに基づいた検証を重視していることも特徴だ。人間工学・感性工学に基づき、開発にデータサイエンスを導入。
総合研究所が中心となり、数値化が難しい「心地よさ」といった感覚的な要素も科学的に解明・測定し、エビデンスに基づく商品開発に力を注いできた。
そして同社システムバスルームのフラッグシップモデル「SYNLA(シンラ)」では、TOTOの各領域の技術を注ぎ、入浴における“究極の癒やし”を実現している。
身体への負荷を極限までなくし、“無重力”に近い状態を目指した「ファーストクラス浴槽」。心地よい足触りと柔らかさを極めた「おそうじラクラクほっカラリ床(以下、「ほっカラリ床」)」。
目から差し込む光が副交感神経に働き、安らぎを与える「調光調色システム」。大流量で肩周りや腰周りを温める「楽湯」。
バスタブと床の洗浄システム。全身をくまなく流すオーバーヘッドシャワー。スマートスピーカーによる音声操作、専用アプリによる遠隔操作……。
それら一つ一つのテクノロジーは、浴室事業部の開発部門、総合研究所、エレクトロニクス技術本部の技術者たち、デザイン本部のデザイナーたちが連携し、人間工学・感性工学に基づいた度重なるテストと実験、データサイエンスを活用しながら、独自の研究を続け、開発してきたものである。
その担い手となっている研究者、開発者たちは、なぜTOTOに集まったのか。今、何を思い、どのようにして開発を行っているのか。3人の技術者に話を聞いた。

自然界に存在する心地よいリズム
「1/f揺らぎ」を浴室照明に導入
浴室事業部の村上香織氏は、21年から浴室機器の新商品開発に携わり、SYNLAに採用された「調光調色システム」の開発を担当した。
入社7年目。大学では環境工学専攻で照明の研究グループに属し、光が網膜に与える影響などを研究していた。就職活動に際し、「TOTOは浴室照明を独自開発していると知り、私の研究を生かせると思い志望しました」と村上氏は言う。
19年に入社後、ホテル・病院向けのユニットバス開発を担当した後、入社3年目に照明の企画に参加、検討していく中で「1/f揺らぎ」照明テーマが始動した。
「1/f揺らぎ」とは、全く不規則な揺らぎと、規則性のある揺らぎが絶妙なバランスで混ざり合った、自然界に多く見られる心地よいリズムのことで、リラックス効果がある揺らぎであるといわれている。
炎の揺らめき、川のせせらぎ、そよ風、波の音にも1/f揺らぎがあるとされている。村上氏が所属するチームは浴室照明にこのリズムを加えることを考えた。ただし簡単ではなかった。
「1/f揺らぎにリラックス効果があることは確かでも、その根拠や指標についての論文は多くありません。周波数が少しでもずれてしまうとリラックス効果が極端に低下します。また、例えば遠視と乱視の人でリラックス効果に差が生じることもあります。
そのため、1人当たり1時間、社員20人✕5回で計100回に及ぶ心拍データを取って電流値の調整を繰り返し、独自の1/f揺らぎ照明の開発を進めました」(村上氏)
また、光源が直接見えてしまうと交感神経を刺激してリラックスできないため、洗い場のカウンターの下の照明のみを1/f揺らぎの対象とすることで、間接照明として空間全体を揺らがせることができ、副交感神経を優位にしてリラックスできる照明設計を実現した。
「独自技術といえば聞こえはいいですが、前例のないことには相応の苦労があります」と村上氏は笑う。
浴室事業部村上香織氏
朝日のような爽やかな光(左)と日没のような心静まる光(右)
シーズ研究から開発を行う総合研究所で
生み出された技術をさまざまな商品に展開
TOTOの開発姿勢は、研究開発の体制に表れている。
TOTOでは創立以来、トイレ、浴室、洗面所、キッチンなど、商品の担当事業部ごとに研究開発を行ってきたが、02年にTOTOグループ全ての商品・サービスの礎となる技術・先行的知的財産の創出を行う「総合研究所」を設立。
多様な分野の専門家が集まり、人間工学や感性工学、ライフスタイルや生活様式など、その研究分野の範囲を広げながら、シーズ研究開発のほか、商品につながる技術の研究開発、また事業部からの依頼に応じて技術的解決策を見いだす役割を担ってきた。
例を挙げれば、総合研究所で開発された「きれい除菌水」は、水に含まれる塩化物イオンを電気分解して除菌成分(次亜塩素酸)を生成、カビの繁殖や汚れの付着を予防し、掃除の手間を大幅に削減する技術だ。
11年に「ネオレスト」(トイレ)に導入され、現在は浴室の洗浄システム、洗面化粧台の水栓にも導入されている。
同様に総合研究所は、水に空気を混ぜることで水の量を30%程度減らしつつも、快適性を維持・向上させる技術も開発した。この技術は、ウォシュレットの「エアインワンダーウェーブ洗浄」における“洗浄感”や、浴室の「エアインシャワー」における“浴び心地のよさ”として導入されている。
総合研究所に所属する東 麻美子氏は、大学で生体工学を専攻し、16年にTOTOに新卒入社。総合研究所で浴槽形状による入浴姿勢の評価などを行ってきた。そしてSYNLAプロジェクトにおいても重要なテクノロジーである「ファーストクラス浴槽」の開発に携わった。
総合研究所 商品研究部東 麻美子氏
TOTOは、究極の「リラックス・リフレッシュ」を実現する、人を包み込み支える新しい浴槽形状を持つ「フローテーションタブ」を開発し、17年より海外で販売している。
「開発に当たって、研究者らはモーションキャプチャー技術や生体工学を用いて浴槽形状を追求しました。センサーを人体に取り付けて何百回と入浴を繰り返し、体の姿勢などを分析して、浮遊感と安定感が両立した最もリラックスできる最適な形状にたどり着いたそうです。
ただし『フローテーションタブ』は日本の一般住宅用の浴室には大き過ぎたため、日本のユニットバスには採用されませんでした。そのテクノロジーをベースに日本の浴室のサイズに合わせて再設計したものが、『SYNLA』に採用された『ファーストクラス浴槽』です」(東氏)
東氏は同じくSYNLAに採用されている「ほっカラリ床」の検証にも携わった。12年からTOTOのバスルームに採用されている本機能は好評だが、開発時、表面の樹脂素材の下にあるスポンジの硬さが当時の開発者の官能評価で決められていたため、改めてデータ検証を行ったという。
検証項目は二つで、一つはさまざまな硬さのスポンジと表面の樹脂素材の見た目の硬質感のギャップの大きさ。二つ目は、そのときのギャップによって生まれる快・不快の感情を計測した。
これらと被験者へのアンケート調査、fMRI(機能的磁気共鳴画像装置)による脳測定とをクロスして検証を行った。

「その結果、人が心地よく感じるための実際の柔らかさと見た目のテクスチャーの硬質感の最適なギャップがデータから明らかになり、スポンジの硬さは開発者の官能評価で決めたものが最適だったと証明されたのです。
これまでデザイン面でクッション性素材に硬質なテクスチャーを施していいのかどうか分からなかったのですが、自信を持って石材タイルのテクスチャーを施せるようになりました」(東氏)
床材の心地よさを実証するためにモーションキャプチャーで体の動きを計測
浴室のIoT化で「もっと便利に」「もっと快適に」
湯張り、掃除、暖房などをアプリで遠隔操作
TOTOはIoT(モノのインターネット)にも力を入れてきた。
TOTO全商材における電子基板の設計・開発・製造を一貫して担当するエレクトロニクス技術本部では、マイクロ波センサー、アプリによる遠隔操作、タッチレス操作、スマートスピーカーによる音声操作などの開発を進め、さまざまな商品に導入してきた。
エレクトロニクス技術本部の下釜佑介氏は以前、大手家電メーカーで電子基板の実装機のソフトウェア開発を行っていた。自身の仕事がよりお客さまの元に届く商品・サービスとして実感できるかたちで技術を磨きたいとの思いから、12年にTOTOに中途入社。現在はDXソフトウェア開発部門のグループリーダーを務める。
システムバスルーム向け「つながる快適セット」(20年発売)プロジェクトでは、専用アプリ「おふろ」を開発。湯張り、掃除、暖房などの操作がスマートフォンでどこからでも可能になった。
「私が専門とするソフトウェア領域は、ようやくお風呂の機能にソフトウェアが追い付いた段階です。
SYNLAをはじめとするTOTOシステムバスルームには、ヒートショックを防止する暖房機能や、排水口を開閉する機能、自動で浴槽や床を掃除する機能もありますが、自宅のリモコンでしか操作できない状況を、どこからでも操作できるよう、スマホアプリで解決したにすぎません。
ここからはソフトウェアが先行してお風呂の可能性を広げ、そこからハードの機能が広がるような開発を加速させる必要を感じています。まだまだお風呂は進化できると思っています」(下釜氏)
エレクトロニクス技術本部DXソフトウェア開発部門 グループリーダー 下釜佑介氏
R&D投資に積極的で、若手も活躍できる風土
TOTOの研究開発現場の働きやすさは?
研究者、開発者が働く場として、TOTOという会社はどうなのだろうか。
浴室事業部の村上氏は、「自分のやりたい製品開発の事業性と新規技術の現実性・過去製品の改善提案などを絡めて提案し、社内で有効性が認められれば、自分のやりたい研究や開発を行うことができるのがTOTOの良さだ」と話す。
「開発テーマを検証するための審議会があり、提案に対してさまざまな指摘を受けるのですが、承認されれば任された案件については最後まで責任と裁量を持って取り組むことができます。若手にも重要なテーマが任され、先輩と技術を競い合って成長できる実感がありますね」(村上氏)
総合研究所の東氏はTOTOの魅力について、「自身で提案した研究を説明して認められれば、研究に必要な計測装置の購入など研究への投資を十分に行う姿勢があり、研究者としてやりがいがある」と語り、またTOTOの企業風土として「お客さまの満足をとことん追求するものづくり」へのこだわりの強さに対しても言及する。
ある時、東氏が新規開発に携わった汚れ落ちが良く、かつ肌当たりが優しいシャワーの効果について、開発部門と議論している場で、「そのシャワーの使い方をするのは利用者の何パーセントなの? その使い方ができなくても効果は出せるの?」と鋭い指摘が入った。
東氏はその検証のため、シャワーの使い方のアンケート調査を基に、ユーザーの使用実態に即した状況で、個人差がある中でも一定の効果が発揮されることを示したという。
「製品開発の詰めの段階でかなりの労力を要しましたが、結果としてより多くのお客さまにご満足いただけるものづくりができました。TOTOは『そんなことまでしているの!?』と驚かれるくらい裏付けや検証を行う、こだわりと責任のある会社です。だからこそプライドを持って研究開発ができています」(東氏)
エレクトロニクス技術本部の下釜氏は、TOTOの技術者にとっての働きやすさをこう説明する。
「みんなそれぞれの領域で高いレベルの技術を持っているので、製品開発において衝突は起こります。それは避けられない。ただ、各自の主張の大前提に『お客さまに良いものを届けたい』という思いがあるのを感じます。だから、衝突や議論があっても、終われば笑って話し合える関係があって、それを大切にしているのです」
「若手にチャンスを与えよう」という気持ちも強い会社だと東氏は話す。
「私も若いときから社外の共同研究に参加させてもらい、社外の研究者と議論できるよう頑張ったことで知見が広がって、今があると思います。現在も、大学の先端的な研究者に会いに行ってお話を伺う機会も多いですし、自分自身が最先端の研究を行って論文を発表することもできる。実利に偏って研究領域が狭まるということはないですね。
逆に、思った以上に新しい領域に挑戦することが多くて、『社会人になってもこんなに勉強しないといけないんだ……』とたまに思いますが、それはそれで楽しいです」(東氏)
下釜氏はTOTOの、「互いの専門技術について隠すより積極的に開示する風通しの良さが好きだ」と言う。
「“こういうのがあるよ”と気軽に技術や知見を共有する風土があり、また、審議会では自分に足りない技術や知見についても明かすようになっていて、協力を得られる体制ができている。私自身もグループリーダーとして、その関係性と風土を大事にしていきたいと思っています」(下釜氏)
TOTOの製品に人生で一度も触れたことがない人はいないであろう。
3人全員が共通して感じていたのは、自分が携わった製品が日本全国、そして世界で使われることの影響の大きさに対する「やりがい」と「誇り」だった。
ユニットバスが誕生してから六十有余年。「需要家の満足が掴むべき実体」という創立者の言葉が脈々と受け継がれているTOTOの研究開発の現場では、飽くなき探究心で、さまざまな要素の研究、新たなテクノロジーの開発、そしてデータに基づいた検証が続けられ、今も進化を続けている。
TOTO株式会社
https://jp.toto.com/
◉TOTO「SYNLA」製品サイトはこちら
https://jp.toto.com/products/bath/synla/
