人間の行動の驚くほど理屈に合わない不合理性を浮き彫りにした2008年9月のリーマンショックを契機に、その学問的意義があらためて見直されている行動経済学――。振り返れば、再評価ブームの火付け役は、ダン・アリエリー教授(デューク大学)の世界的ベストセラー『予想どおりに不合理』だった。その気鋭の行動経済学者が、新作『不合理だからすべてがうまくいく』で実生活の視点から人間の行動原理をさらに解き明かし、今ふたたび話題を集めている。「高い報酬は逆効果」「自分で作ったものを過大評価するイケア効果」等々、職場や家庭での不合理な人間行動メカニズムを解析する自称「ソーシャルハッカー」が、人生に役立つ行動経済学的思考法を披露する。
(聞き手/ジャーナリスト、大野和基)
新進気鋭の行動経済学者。現在、デューク大学教授。2008年に上梓した『予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』(邦訳は早川書房刊)は世界的ベストセラーに。2008年度のイグノーベル賞の受賞者。近著は『不合理だからすべてがうまくいく―行動経済学で「人を動かす」』(邦訳は同じく早川書房刊)。
――あなたにとって、行動経済学とは何か。
重要なポイントは、二つある。
まず心理学やさまざまな社会科学を合わせて人間の行動を解き明かす集学的な、すなわち多くの学問領域にわたる(multidisciplinaryな)アプローチであるということ。もう一つは、多方面に応用が利くということだ。
われわれは皆、政府・企業・個人などの各レベルでの意思決定全般をより良い方向にもっていきたい。ただ、そのためには、実際にどんなことをすればいいのか、意思決定の際に人が犯す間違いを正すために何ができるのかを研究しなければならない。行動経済学とはそうしたことに対して具体的な説明を試みている、非常に実用的な学問だと私は思っている。
――近著『不合理だからすべてがうまくいく』(原題 “The Upside of Irrationality”)で伝えたかったことは何か。
われわれ人間は、配偶者や上司たちについては合理的ではないと考えていながら、自分自身については合理的だと思い込んでいる。まずは、そうではないと認めることから始めないといけない。
錯視(visual illusion)では、相手の間違いを証明することは簡単だ。実物を測定すれば証明できる。しかし、意思決定はそれほど簡単ではない。たとえば、恋愛や仕事で二つの選択肢があったとする。この女性か別の女性かどちらとも結婚できる、あるいはこの仕事かあの仕事かいずれにも就くことができるとする。われわれはいったいどうやって、自分たちの選択が正しかった、間違ったと証明できるというか。一人の女性と結婚したら、あるいは一つの仕事に就けば、もう一人もう一つの現実はない。要するに、合理性の説明は簡単ではないし、世の中は不合理でいっぱいなのだ。
――われわれ人間はなぜ不合理に行動するのか。