2010年12月、中国・北京にある高級ホテルで、ある商談会が開かれていた。海外の不動産に関心を持つ、中国人投資家向けの商談会。サラリーマンや公務員など、中流階級の人たちが詰めかけていた。人気が集まっていたのは、東京都心の高級マンションだ。

中国・北京にある高級ホテルで開かれた、海外の不動産の商談会。赤坂や明治神宮前をはじめ、日本の高級物件も紹介されていた。

「これは明治神宮前のマンション。日本で最高級の物件ですよ」

 不動産屋が示したのは2億円を超える物件。

「2億円? 高いとは思いませんよ。いま住んでる場所も同じくらいしますよ」

 説明を聞いていた中国人はこともなげに答える。不動産屋が耳打ちする。

「いまは日本のほうが安いんですから」

 日本の不動産を狙う中国マネー。しかしいま、それが思いもよらぬ場所にも流れ込んでいる。

買収者の正体は「私書箱957」?

 この夏、北海道で外国の投資家が森林を買収していたことが相次いで判明したのだ。その数33ヵ所。多くが、中国系の投資家だった。中でも飛び抜けて大きな森林があるのが、北海道中部にある砂川市。292ヘクタール・東京ドームおよそ60個分という、広大な森林が買収されていたことがわかり、不安の声が高まった。

売りに出されていた北海道・砂川市の森林。東京ドームおよそ60個分という広大な土地が買収されたという。

 外国の投資家による森林買収に強い危機感を持っているのが北海道庁だ。買収が明らかになってからすぐに関係部門を一堂に集め、対策を協議してきた。危機感の背景にあるのは、買収された森林の多くが「水源涵養保安林」など、水資源を守るために指定された場所だからだ。こうした森林は開発に規制はあるが、勝手に伐採を行なっても罰金は最高で50万円。外国の投資家が森林を乱開発しても、歯止めをかけるのは難しい状況なのだ。北海道庁の森田局長はこう語る。

「森林を買われて、その森林を自分のものだからといって好き勝手されるっていうのが一番困る問題だ」

 292ヘクタールもの広大な森林を買ったのは何者で、その狙いは何か。登記簿を調べたところ、森林の所有者は「スナガワ・ランド・リミテッド」という会社だった。所在地は、イギリス領バージン諸島にある「私書箱957」。一体、どんな会社なのか。追跡チームは、バージン諸島へ向かった。

 カリブ海に浮かぶバージン諸島は、多くのアメリカ人が訪れる観光地として知られている人口2万5000の小さな島だ。「私書箱957」は、どこにあるのか。

「私書箱ならそこにあるでしょ。あっちにも別のがあるわ」

 住人が指し示した先にあったのは、青いコインロッカー。同じようなコインロッカーは通りのあちこちに置かれていた。これが「私書箱」、郵便物を受け取るための専用のロッカーだ。バージン諸島では、こうした私書箱さえ置いていれば、会社として登録できる。その数は45万を超えるといわれている。

取材班が行き着いたのは、イギリス領バージン諸島にある「私書箱957」。青いコインロッカーだった。

 あちこちにあるロッカーの番号を確かめること1時間、「957」と書かれたコインロッカーが見つかった。靴箱程度の大きさ。この小さな箱が「スナガワ・ランド・リミテッド」だ。この会社の実態はどんなものなのか。現地の登記簿を調べたところ、ある手がかりが見つかった。エージェント、つまり代理店として「オフショア・インコーポレーション・リミテッド」という名前が記されていたのだ。この代理店は「スナガワ・ランド・リミテッド」とどんな関係があるのか、電話をかけてみると流ちょうな英語を話す男性が受話器に出た。