戦後最大の経済事件といわれるイトマン事件の内幕を実名で描き、話題となっている『住友銀行秘史』。著者は住友銀行の元取締役で、現リミックスポイント社長の國重惇史氏。イトマン事件では当事者として権謀術数の最中にいたエリートバンカーだった國重氏に、問題作を上梓するに至った背景などについて聞いた。(「週刊ダイヤモンド」編集部 山口圭介)

前代未聞の「イトマン事件・実名暴露本」はなぜ生まれたのかくにしげ・あつし/1945年生まれ。東京大学卒業後、68年に住友銀行(現・三井住友銀行)に入行。MOF担(大蔵省担当)を長く務め、94年に住友銀行取締役。楽天副社長などを経てリミックスポイント社長 Photo by Takahisa Suzuki

──著者では、大阪の中堅商社であるイトマンのメーンバンクだった住友銀行が、暴力団、地上げ屋といった裏社会の勢力に食い物にされた経緯を、銀行の内紛劇を交えながら克明に描いており、銀行業界で物議を醸しています。

 イトマンがおかしいと思った最初のきっかけは1990年3月20日。(裏社会と政財界を結ぶフィクサーと呼ばれた)佐藤茂氏らが磯田一郎会長のところに、「イトマン大丈夫ですか」と懸念を指摘しに来たこと。これは大変なことになると感じました。

 このころから手帳に記録として詳細なメモを取るようにしました。当時の記録は手帳8冊分になっていて、それを基に物語を組み立てました。

──大手銀行の内幕をこれほど生々しく、かつ実名で明らかにしたのは前代未聞です。反対もあったのでは。

前代未聞の「イトマン事件・実名暴露本」はなぜ生まれたのかイトマン事件の詳細を記した手帳のメモのコピー。新聞記者、役員、大蔵官僚、日銀幹部らとのやり取りが克明に記録されている Photo by Keisuke Yamaguchi

 この本を書くことは、事前に誰にも伝えていません。メモには、住友銀行の天皇と呼ばれていた磯田会長、三井住友銀行の初代頭取となる西川善文氏など、主要人物だけで70人以上が出てきます。

 実名で出てくるOBは怒っているでしょうが、登場人物からはまだ、反応はありません(取材した10月14日時点)。

 出版したそもそものきっかけは、講談社の編集者に口説かれたからです。あるとき、手帳のメモを見せてしまった。すると編集者の声色が変わりました。「世に出すのが責務だ」と。

 出版が決まるまでには紆余曲折あって、出すのはやめたいと何度も編集者に訴えました。ただ、編集者も慣れたもので、そのことは取りあえず完成させてから考えましょうとか、私が死んでから出版してもいいからと、説得されてしまいました。