経営者の語る文学論に感心したことはほとんどないが、樋口廣太郎の司馬遼太郎評と藤沢周平評には唸らされた。
『味の手帖』という雑誌の1997年5月号で対談した時、樋口はこう言ったのである。
「司馬さんは好きだけど作りすぎるの。『坂の上の雲』にしても何にしても栄光を当てようとするでしょう。だから藤沢さんと全然違うんだよ。藤沢さんの小説は、自分が暗いときに読むともうたまらないんだなあ。居ても立ってもいられない」
『司馬遼太郎と藤沢周平』(光文社知恵の森文庫)を書いた私も頷ける指摘だが、そのとき樋口はこうも付け加えた。
「藤沢周平はきれいですよ。美意識が最後まで残っている。だけど辛いね、あれは。あまりにもきれいすぎて」
銀行屋も楽じゃない
財界の世話役ともいうべき存在だった樋口の名を私は伊藤肇の『はだかの財界人』(徳間書店)で知った。
住友銀行の秘書役だったころ、樋口は「アカシアの雨がやむ時」の替え歌をつくった。
札束の夢にうなされ
このまま死んでしまいたい
夜があける
目がまわる
今日はあの町
明日はここ
泣きたくなるよな
成績表を見つめて
あの支店長は
涙を流してくれるでしょうか