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シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問
【第2回】 2016年12月19日
著者・コラム紹介バックナンバー
パトリック・キングズレー,藤原朝子 [学習院女子大学]

「ノーベル平和賞予想1位」は、なぜ「ギリシャ島民」だったのか?
――ある老夫婦とシリア難民の物語

 国民の半数を超える450万人が国を出たとも言われるシリア難民、そして「第二次世界大戦後最悪の人道危機」と言われるヨーロッパ難民危機。いまだ悪化の一途を辿る難民危機だが、今も精力的に取材・発信を続ける1人の記者がいる。ガーディアン紙初の「移民専門ジャーナリスト」にして、『シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問』(原題The New Odyssey)の著者、パトリック・キングズレーだ。
 今回は、イギリスのブックメーカーの予想で2016年のノーベル平和賞の「予想1位」に選ばれた、「ギリシャ島民」の活躍を伝えるレポートをご紹介しよう。突然、毎日1000人単位で難民がやってくるようになったギリシャの島では、いったい何が起きていたのか?

ギリシャ・レスボス島に上陸した「現代のアイネアス」

 海を見ていたエリック・ケンプソンが目を細めると、何かが見えた。

 ここはギリシャのレスボス島の崖の上。幅10キロほどの海峡の向こうには、ぼんやりとトルコが見える。「見てごらん」と、彼は双眼鏡を貸してくれた。でも、私にはぼんやりしていて、よくわからない。2015年6月のある朝、午前6時前のことだ。トルコの黒い岩場の向こうから、太陽が顔を見せ、空は明るくなってきたけれど、まだ海はかすんでいた。私に見えたのは、おそらく4~5キロ先の小さな黒い点だけだった。

 だがエリックは、「点」を見分けるプロだった。毎朝、夜明け前に妻のフィリッパと起き出して、海を見に行く。海峡に五つか六つの点が見える日もある。今朝は一つだけだ。エリックは、それが何なのかよくわかっていた。「難民のボートだ」と、私から双眼鏡を引き取りながら言った。「15分ほどでこっちに着くだろう」

 まだはっきり見えもしないのに、ずいぶん具体的な予想だなと思ったけれど、私は2人の記者仲間とレンタカーに飛び乗って、海岸に向けて急いだ。難民たちがヨーロッパに上陸する瞬間に立ち会いたいと思ったのだ。

ギリシャ沿岸でゴムボートから下りて上陸しようとする人たち(C)Sean Smith  拡大画像を表示する

 エリックの予想はぴったりだった。その点はどんどん大きくなり、10分でゴムボートの形になった。車から見ても、人がぎゅうぎゅうに詰まっているのがわかる。ひょっとすると50人は乗っているかもしれない。向こうにもこちらが見えたようだ。私たちの車がガタガタと高台から下りていくと、何人かがこちらに向かって手を振った。人々の顔がはっきり見えてきた。さっきまで点、そしてシルエットにすぎなかったものが、オレンジ色の救命胴衣を着た人の群れに変わった。

 私たちは車から飛び降りると、急斜面の岩場を駆け下りた。その途中で彼らを見失い、ようやく砂浜に下りたときには、すでにボートは到着していた。人々は救命胴衣を乱暴に脱ぎ捨て、浜に放置していく人も多かった。1人の男がゴムボートのチューブをナイフで刺し、空気を抜くと、ナイフごと海に捨てた。ボートがまだ使えると、ギリシャ人に送り返されるという噂があったからだ。

 次に彼らが直面した問題は、この浜辺をどうやって出るかだった。そこは少しばかり厄介な場所で、右も左も岩場に囲まれていた。何人かが海岸線を調べに行ったが、やがて諦めて岩場を登りはじめた。低木につかまって体を引き上げたり、上から転がってくる石を避けたりしながら登っていく。

 2015年にトルコからギリシャに来た難民の大多数はシリア人だったが、このボートに乗っていたのは、ほとんどがアフガニスタン人で、それ以外は内戦を逃れてきたソマリア人と、パキスタン人だった(パキスタン北部では武装組織の活動により100万人以上が故郷を追われていた)。シリア人家族は1組しかいなかった。

 それはかなりちぐはぐな雰囲気のグループだった。漫画のようにぶかぶかの服を着ている人たちもいる。ある子どもは巨大な背広を着ていて、袖が足首まで垂れていた。そうかと思えば、脱色したスキニージーンズに偽物のレイバンのサングラスをかけて、まるでショッピングモールに行くかのような格好をしたアフガニスタン人のティーンエイジャーもいた。ある老人は平たい帽子をかぶり、古ぼけた茶色いジャケットを肩にかけ、手には荷物を持って岩場を登ってきた。そしててっぺんまで登りきると、田舎道をよろよろと歩き出した。その姿は、フランスのプロバンス地方で午後の散歩をする年配の農夫、といっても違和感はなかった。

 ギリシャ上陸は、難民たちにとって特別な瞬間に違いない、と私は思っていた。欧州連合(EU)という比較的安全な場所に到着できたのだ。ところがほとんどの人は、祝福はもちろん立ち止まりもせず、岩場を黙々と登りはじめた。てっぺんまで来ると、自撮りをしているティーンエイジャー以外は、ほとんどが一瞬立ち止まって、携帯電話にトルコの電波が入るか確認しただけだった。電波が届いている場合は、グーグルマップで自分の位置を確認し、電波が届いていない人は、肩をすくめて子どもを肩車し、右と左のどちらに進むか決めて、さっさと歩きはじめた。多くはこの島の名前さえ知らなかったが、歩きつづけなければならないことはわかっていた。彼らの旅の中で、ギリシャ到着はささいな出来事にすぎず、根本的な問題を解決してくれる特効薬ではなかった。

 たしかに彼らはみな、ここにたどり着くまでに長い道のりを歩んできた。アフガニスタン人の多くは、タリバンとISISの支配地域を逃れて、何日も歩いてイランに入り、さらにトルコを目指し、トルコでは地中海沿岸まで長距離バスに乗ってくる。だが、ギリシャにたどり着いても、彼らにはまだ長い道のりが待っている。まずレスボス島の主要港まで70キロ近く歩かなくてはならない。当局が交通機関の提供を拒否しているからだ。そこからギリシャ北部を縦断してマケドニアに行き、さらにセルビアを抜けてハンガリーへ。そこからは車または列車を使って、北ヨーロッパの寛容な国を目指す。「私、スウェーデン!」と、ナビドという名のアフガニスタン人男性は笑って、港に向けて歩き出した。

 最後に岩場を登ってきたのは、このグループで唯一のシリア人家族だった。ダマスカス郊外に住んでいた6人は、2ヵ月前にレバノンを目指してシリアを出た。そのレバノンを出てトルコを目指したのは2日前のこと。全員救命胴衣を着たままで、母親は場違いなくらい厚底の靴を履いていた。エレガントな灰色のコートは、海水で濡れている。彼らが今絶対にやりたくないのは、立ち止まって話すことだった。昨夜は一睡もしていなかったから疲れていたし、故郷に残してきた親戚も心配だった。それでも、父親のマヘルは、いちばん下の子を背中におぶって、上の2人の子どもの手を握ると、歩きはじめた。ギリシャの朝日が長い影をつくっている。

 もう何度目かになるが、私は学生時代に読んだ神話の英雄たちを思い出した。特にマヘルの姿を見て、私はトロイア戦争の武将アイネアスを思い出した。トロイア陥落後、地中海を放浪した後、イタリアに落ち着き、ローマ帝国の基礎となる王朝を開いた英雄だ。アイネアスはトロイアを去るとき、ライオンの皮を背中に、父親アンキセスを肩に背負い、幼い息子イウルスの手を引いていた。背が高く、堂々として、冷静なマヘルは、現代のアイネアスのようだった。マヘルが身に着けていたのはライオンの毛皮ではなく、救命胴衣だったけれど。また、マヘルの子どもは1人ではなく、4人だったけれど。そのうちの1人が、よたよたと父親の後ろをついて歩きながら、しぼんだ浮き輪に息を吹き込んではしぼませて遊んでいた。それは彼らの置かれた状況と不釣り合いなほど無邪気な光景だった。

 私は一緒にいたシリア人フォトジャーナリストのサイマ・ダイアブ(彼女は以前カイロでシリア難民センターを運営していた)をちらりと見た。カメラを下ろした彼女の頬に、涙の筋が見えた。

ひょんなことから緊急対応チームを率いることになった老夫婦

トルコ西岸とエーゲ海の島々
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 ケンプソン夫妻が知るかぎり、それまでレスボスに難民が来るペースは、ぽつりぽつりという程度だった。こんなに大勢が来たことはないし、こんなに多くの女性や子どもが来たこともない。「だから数ヵ月前から、車いっぱいに物資を積んでいって助けるようになった」と、エリックは言う。「生後2週間の子や、足にケガをしている人や、何日も食事をしていない人を見たら、誰だって何もしないわけにはいかない」

 援助機関も政府の支援もないから、ケンプソン夫妻が事実上この地域の緊急対応チームになった。2人は毎朝、日の出前に起きて、夜明けのボート到着に備える。私は6月の2日間それに同行させてもらった。

 2人はまず、近くの高台に行き、海の向こうを注意深く観察する。エリックは、トルコ側でボートが出てくる入江に基づき、それがレスボスのどの辺りに到着するか予測する。いつもどおりなら、まず黒いゴムボート2隻が夜明け前にやってくる。乗っているのはほとんどがアフガニスタン人だ。夜が明けると、3隻の灰色のボートが来る。こちらはシリア人ばかりだ。5隻目が最後で、女性と子どもが乗っていることが多い。ケンプソン夫妻が最初に手を差し伸べるのは、このボートだ。それを双眼鏡で確認すると、急いで到着が予想される海岸に行き、上陸したばかりの最弱者に飲み水と乾いた服、そして食料を手渡す。それは相当な数に上る。妊婦、車椅子に乗っている人、最近火傷を負ったらしく「手の肉がたれている」男性もいたと、エリックは言う。

 「この20年間泣いたことはなかったし、私はタフな男だ。でもここ4ヵ月は本当によく泣いた」

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パトリック・キングズレー(Patrick Kingsley)


英国『ガーディアン』紙初の移民専門ジャーナリスト。2013年には記者に贈られる「フロントライン・クラブ・アワード」を、また2014年にはBritish Press Awards主催の「ヤング・ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞するなど、数々の受賞歴を持つ若手ジャーナリスト。同紙エジプト特派員からキャリアをスタートさせ、これまで25か国以上からレポートを発信している。本書でも中心的に取り上げられるシリア難民ハーシム・スーキの旅をドキュメントしたガーディアン紙の連載記事『ザ・ジャーニー』で、2015年英ジャーナリズム賞の外国特派員賞を受賞。
Twitter: @PatrickKingsley

 

藤原朝子[学習院女子大学]

 

学習院女子大学非常勤講師。フォーリン・アフェアーズ日本語版、ロイター通信などで翻訳を担当。訳書に『撤退するアメリカと「無秩序」の世紀』(ダイヤモンド社)、『ハーバードビジネススクールが教えてくれたこと、教えてくれなかったこと』(CCCメディアハウス)、『未来のイノベーターはどう育つのか ―― 子供の可能性を伸ばすもの・つぶすもの』(英治出版)など。

 


シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問

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