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相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

婚活ならば大ひんしゅく必至!
栃木県岩舟町の二股交際に見る
市町村合併と住民投票の落とし穴

相川俊英 [ジャーナリスト]
【第22回】 2011年2月25日
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 婚活でこんなことをしたら、誰にも相手にされなくなってしまうだろう。結納を交わす寸前に、別な相手とのお見合いに出かけるようなものだからだ。

 それもこっそりとではなく、堂々とである。幸せになれる最高の伴侶を探し求めてのやむにやまれぬ行動なのだろうが、二股交際との指弾は免れない。それどころか、本当に結婚する気があるのかと疑われかねない。ある自治体でこうした事態が起きている。栃木県岩舟町のことだ。市町村合併の相手先をめぐり、町を二分する騒動が続いている。

 国主導による「平成の大合併」運動が終了し、市町村の数は激減した。スタート前の1999年3月末時点で3232あった市町村は、現在、1727。ほぼ半減したことになる。地方交付税を縮減することなどで、小規模自治体の整理統合をはかった国の思惑通りとなったのである。国策に抗えず、合併を選択した市町村も少なくない。

 「平成の大合併」の大波は終息したが、市町村合併の動きは今もなお続いており、5カ所で合併協議が行われている。そのなかの一つが栃木県岩舟町と佐野市である。約2年に及ぶ協議を経て、来年4月1日の合併で話がまとまりつつあった。合併協定書の調印式が2月22日に予定されていた。この調印式後に双方の議会が議決し、正式に合併となる段取りだった。

 その晴れの調印式が直前になって、延期となった。岩舟町が東隣の栃木市と法定合併協議会を設置することになったからだ。別な相手との結婚話も進めたいというのである。住民投票で、栃木市との法定合併協議会の設置が賛成多数となったからだ。なぜ、こんな異例の事態となったのか。ドタバタの背景には複雑な事情があった。

 栃木県南部に位置する岩舟町は、人口約1万8600人。こじんまりとした静かな町で、地域の東部と南部は栃木市に、北部と西部は佐野市に接している。古くから交通の要衝として栄え、豊かな地域(町の財政力指数は0.62)といえる。行政区分では東側の下都賀郡に属するが、生活圏ではどちらかというと西側の佐野市の方に入っている。

 岩舟町で合併論議が地域のテーマとして浮上したのは、他の市町村よりもかなり遅い。2007年からで、当時はすでに合併特例債などの特典を揃えた合併特例法がなくなり、新法に切り替わっていた。全国的には小規模自治体の駆け込み合併が一段落し、大波が治まりつつある頃だった。

 栃木県が07年11月に示した「第二次市町村合併構想」が、合併論議のきっかけとなった。県は、合併新法下での合併協議が望ましい市町村の枠組みを提示し、その中で岩舟町は栃木市を中心とする1市5町(下都賀郡)、将来的には小山市などを含む2市6町との広域合併が望ましいとした。

 まずは下都賀郡で一本化し、第二段階として広域合併するという県のビジョンを明らかにしたのである。

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相川俊英 [ジャーナリスト]

1956年群馬県生まれ。放送記者を経て、1992年にフリージャーナリストに。地方自治体の取材で全国を歩き回る。97年から『週刊ダイヤモンド』委嘱記者となり、99年からテレビの報道番組『サンデープロジェクト』の特集担当レポーター。主な著書に『長野オリンピック騒動記』など。


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国政の混乱が極まるなか、事態打開の切り札として期待される「地方分権」。だが、肝心の地方自治の最前線は、ボイコット市長や勘違い知事の暴走、貴族化する議員など、お寒いエピソードのオンパレードだ。これでは地方発日本再生も夢のまた夢。ベテラン・ジャーナリストが警鐘を鳴らす!

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