「おもてなし」をスローガンにかかげる国際都市、東京。歴史の積みかさねとともに、もてなしのやりかたはじつに多種多様。知るひとぞ知る、ほかにはないおもてなしもいろいろ揃っている。そのなかでロールス・ロイス・モーターカーズの社員が本社CEOをもてなすために選んだのはユニークな場所だった。
文=寺尾妙子 写真=山下亮一
ロールス・ロイス・モーターカーズのアジア・太平洋地域の広報マネジャー、ローズマリー・ミッチェルさんはエジンバラ大学日本学科卒のイギリス人。日本に住んで12年。日本ワインが大好きで山梨・勝沼に家を建築中だ。そんな彼女が来日した本国のCEO、トルステン・ミュラー・エトヴェシュさんを茶事でもてなした。
ロールス・ロイス社員が
「夜咄(よばなし)Sahan」を選んだ理由
「日本はロールス・ロイスにとって世界で4番目という大きなマーケット。ここ数年、毎年売り上げを伸ばしています。なぜ、日本人がロールス・ロイスを好むのか。伝統やクラフツマンシップを重んじ、ゲストごとにオーダーメイドのもてなしをする茶事に触れることで、その理由を理解してもらえるのではと思ったんです」
客人を乗せた全長5.4mのロールス・ロイス・ゴースト(シリーズⅡ)が辿り着いたのは、新宿区上落合の狭い路地。元は駄菓子屋という小さな一軒家は、お世辞にも豪華とはいえない。それが今回の舞台「夜咄Sahan」である。
「看板のない隠れ家的な雰囲気」もミッチェルさんが東京ならではのおもてなしの場として選んだポイントだ。怪しげな黒い扉を開け、いざ! 初めての茶室へ。
初めての茶室に胸ドキドキ!
まず、一行の意表を突いたのが茶室特有の躙(にじ)り口。靴を脱ぎ、体を小さく折らないと室内に入れない。CEOはじめ、「靴下に穴が空いてたらどうしよう」と冗談を言いながらも、これから始まる冒険に胸を躍らせている。どうやら、掴みはバッチリOKのようだ。
質素な外観とはうって変わって、端正な茶室にまた一同、驚きの表情を見せる。ここは茶道宗和流十八代、宇田川宗光さんによる紹介制、茶の湯サロンである。
茶道の心得がなくても、気軽に本格的な茶事を味わうための実験的スペースだ。7席のみの小さな空間は、千利休が広めた侘(わ)び寂(さ)びの精神にのっとっている。畳敷でありながら、椅子のように座れる席でメインゲスト、正客であるCEOが床の間を背負う。そこへ宇田川さんが登場。茶事が始まる。