地震・津波・原発事故という未曽有の災害に襲われた日本の状況を、世界の災害対策専門家たちが見守っている。デヴィッド・ニール博士(オクラホマ州立大学災害研究センター長)も、その一人だ。30年以上にわたり、自然災害や、自然災害が引き金となって引き起こされる原発事故などの“技術”災害の可能性やその対策について調査研究を続けてきた。その専門家の目に、今回の大災害はどう映っているのか。現在進行形の原発事故に際して政府が取るべき姿勢、また被災者のPTSD(心的外傷後ストレス障害)対策など今後の課題について聞いた。(聞き手/ジャーナリスト、瀧口範子)
「自然(na)災害が技術(tech)災害を
引き起こす“natech災害”は
15年前から災害研究の大きなテーマだった」
――東日本巨大地震で引き起こされた災害を専門家としてどう捉えているか。
オクラホマ州立大学政治学部教授。同大学の災害研究センターのトップ。30年以上にわたって、竜巻、津波、洪水などの研究に携わってきた米国を代表する災害対策研究者。FEMA(米連邦緊急事態管理庁)、NASA(米航空宇宙局)、米赤十字のための調査・研究も数多く行っている。
災害研究では15年ほど前から「natech災害」という概念が注目されている。「na(自然)」災害によって「tech(技術)」災害が引き起こされるという構図だ。
東日本巨大地震はその典型的な例であり、地震の後に津波が発生し、インフラが破壊された。そこへ追い打ちをかけるように、原発事故が起こって、状況をさらに困難なものにしている。
実際には、その間に火事が起こる、水質が汚染されるといった他の問題もあるのだが、それが今はまったく忘れ去られているほど、混乱した状態に陥っている様子がうかがえる。こうした事態にあっては、率直に言って、救済・復興の(精緻な)計画は立てにくいだろう。今はとにかく、変化が繰り返し生じても、その状況に対して、皆がフレキシブル(柔軟)に対応することが何より重要だ。
今、議論すべきは
原発の賛否よりも
この事故にどう対処するかの「科学」
――現在、緊急の問題は原発の危機を回避できるかどうかだが、こうした状況で与えられるアドバイスは何か。
住民の避難対象地域を、最初は半径10キロとしながら、その後同20キロに拡大し、さらにその後20~30キロ圏内の住民に屋内退避の指示を段階的に出していったことには、正直なところ、驚いた。(地震で道路など交通インフラが打撃を受け)住民をバスなどで安全に移動させるのはそう簡単ではないことを考えると、最初から余裕を持った想定をした方がよかったのではないか。
また、原発施設の現状について情報が錯綜していることも、混乱を増幅させている。政府、電力会社、専門家などの意見がバラバラなのは、1979年のスリーマイル島原発事故のときも同じだった。その背後には原発の賛成派、反対派といった立場の違いがあり、そこに見えるのは「ポリティックス(政治)」だ。しかし、今は「科学」こそが語られる時期でなければならない。
――ここからのシナリオは何通りも考えられるが、政府は最悪のシナリオに基づいて国民を避難誘導した方がいいのか。
政府がなすべきことは、まず各時点で分かった事実を明らかにし、国民とのコミュニケーションをとにかく続けていくことだ。事態が悪化しそうならば、それを審査してまた伝えることの繰り返しだ。
また、災害について間違った「神話」のひとつは、(政府の警告が)すぐさまパニックを引き起こすと考えることだ。避難というと、人々がすぐさま車に乗り込んで道路に殺到し、交通が麻痺する絵が思い浮かぶだろうが、実際にはそうではない。
政府の警告に対する最初の人々の反応はたいてい「何もしないこと」である。ほとんどの人間は、さらにいくつかの情報が出てくるまで「待ち」の姿勢になる。そして、ある時点になって、パニックは起こる。