オセロの白が
一瞬ですべて「黒」に変わる

 ロングセラーとなっている『「空気」の研究』(山本七平/文春文庫)に、興味深い事例が出てきます。海軍の伊藤長官と三上参謀が、戦艦「大和」の沖縄特攻について交わした会話です。伊藤長官は作戦検討の過程で醸成された「空気」を当初知らないため、「大和」の出撃を当然のごとく反対します。

 軍人から見れば「作戦として形を為さない」ことは明白だったからです。しかし、反対していた伊藤長官は、三上参謀の次の言葉で「空気」を理解するのです。

三上参謀「陸軍の総反撃に呼応し、敵上陸地点に切りこみ、ノシあげて陸兵になるところまでお考えいただきたい」
 伊藤長官「それならば何をかいわんや。よく了解した」

 まるでボードゲームのオセロで、白の石がすべて一瞬で黒に変わるような瞬間です。合理的な思考から当然の反対を唱えていた伊藤長官は、まさに空気を理解しただけで一瞬のうちに結論を180度変えてしまいます。

 この短い会話をどのように解釈するか、さまざまな見解があると思いますが、白か黒かをある一点の議論で染め抜いてしまい、本来白と黒が混在しているはずのものを一瞬にして一色に変えてしまったことは事実です。

 三上参謀の発言は「兵士が犠牲になっても大和特攻でその精神を見せるべき」という意図があると推測されますが、本来「大和の沖縄出撃」は、海軍とその乗組員が敢闘精神を発揮する、というだけの問題ではありません。

「大和」の沖縄出撃という大問題は、さまざまな要素を含んでいたはずです。海軍のメンツや覚悟もあったのでしょうが、他の要因「兵員の生命」「作戦成功率の問題」なども当然存在したはずです。