星野 アメリカでホテル経営学(注6)を学んでいた頃の同級生たちに説明すると、「そんなことは西洋のホテルの方がはるかに進んでいる。だから日本の宿泊業界はダメで、世界に打って出られないのだ」とまったく相手にされません。

吉田 あちらは執事の文化もあるし、何をいまさら……、というわけですね。

星野 そうなんですよ。そこである時、フッと発想を変えました。私たちは、お客さまのニーズや要望を気にしているのではなく、自分たちのこだわりを大事にしているのだ、と。こだわりとは、「ここに来たらこれを見てください」「これは絶対に食べて帰ってください」といったもの。例えば「星のや富士」にお泊まりいただいたら、コタツに入りながらでも富士山の雄大さに圧倒されてほしい。

 ですから軽井沢でも富士でも部屋にはテレビを置いていません。「テレビを見るくらいなら、ここに泊まる意味はありません」というくらいの気持ちでいます。テレビがないからこそ聞こえる音があり、浮かび上がってくる景色がある。これはニーズではなく、こだわりの押しつけです。でも、これが日本のおもてなしではないか。

 同級生に話したら「それはすごい」と絶賛してくれました。「俺たちには絶対にできないことだ。『CNNは見られません』と告げたら、マリオットでもハイアットでも1人の客さえ集められないだろう」とね。

 私は確信しました。「おもてなしを、こだわりの押しつけ、と規定しなければ日本のホスピタリティに進化はない」と。そもそもおもてなしとは、なにが正しいのかという概念ではなく、日本の観光をどうポジショニングするかという概念なのです。

吉田 友達や親戚の家に遊びに行ったときの温かさを思い出します。「これ食べなさい」「見せたい場所があるの」なんて言ってくれて。自分の家に友達が来てもそうします。

星野 おもてなしの原点は、そこだと思うのです。それぞれの土地に、素晴らしい食材や景色がある。もちろん、お客様は知らないので、ニーズとして持ちようがない。そのギャップに着目するのです。

 お客さまに正面からニーズを聞くと、どのホテルや旅館でも同じような項目が上がってきます。たいていのスタッフは、それに一所懸命に応えようとする。そんな涙ぐましい努力の結果が、コモディティ化です。どこに行っても、似たようなサービスが提供されることになってしまう。

 サービスの差別化とは、自分のこだわりに立脚する以外に方法はありません。そういう差別化戦略を取っていかない限り、日本のおもてなし産業なり日本の宿泊業界は、世界に打って出られないでしょう。

注6 ホテル経営学
星野代表が留学していたアメリカ・ニューヨーク州のコーネル大学ホテル経営大学院は、世界で最高権威とされる歴史ある名門のひとつ。

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