異質な出会いが
気づきと活気をもたらす

海を臨む畑で、渡部さんの話を聞く「南三陸ねぎ応援プロジェクト」の面々

 現在、南三陸ねぎは、南三陸町と気仙沼市の23名の農家、2つの法人、3つの組合が生産しているが、移住者は「グリーンファーマーズ宮城」だけ。(JA南三陸聞き取り)生産者のほとんどは65歳以上の高齢者で、なかには90代もいるという。

 渡部さんたちのような体力もやる気もある30代の移住者は貴重であり、周囲は大きな期待を寄せている。

 最大の強みは、若者など、農業にも田舎暮らしにも疎遠な層への訴求力だ。実際、彼等の呼び掛けに応じ、昨年だけでも延べ400人の若者たちが、南三陸ねぎ作りを手伝うボランティアに訪れた。

 年々、震災の記憶が薄れ、報道される頻度も、ボランティアも激減している現状で、この数字は素晴らしい。

「南三陸ねぎ応援プロジェクト」も、そもそもは3年前、耕地の整備や草取り等をするボランティアとして八幡さんたちが同地を訪れたのがきっかけで誕生した。

グリーンファーマーズ宮城のねぎ畑で、草取りを手伝うボランティアの若者たち。交通費・宿費、すべて自腹でやってくる

「塩害に強く、津波をかぶった土地でも作ることができる。生産しやすい上に、一年中収穫できて、需要もある。海の食材とも山の食材とも相性がよく、森と畑と海からなる南三陸の食文化を『つなぐ」食材としてはうってつけだろう」

 南三陸ねぎをブランド化し、震災復興のシンボルに育てたいと地元は奮起し、八幡さんたち「よそもん」は尽力を誓った。

 ちなみに2月中旬、南三陸町にある『宮城県本吉農業改良普及センター』で行われた3者(グリーンファーマーズ宮城、南三陸ねぎ応援プロジェクト、同普及センターおよびJA)の顔合わせは、独特の緊張感が漂っていた。

 ファッショナブルないでたちで、ドローンとITを使いこなす「よそもん」の若者たちと、実直なねぎ農家では無理もない。

 しかし、だからこそ意味がある。異質な両者が出会わなければ得られなかった「気づき」や「活気」が生まれる予感ひしひし。いずれは行政にも新風を吹かせるかもしれない。

 被災地の未来は、「よそもん力」が切り拓く。