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3.11を忘れない~大震災4年目の「今」を問う

大震災から4年「男の旅立ち」(1)

妻を探して海に潜り続ける男の「秘めた慟哭」

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第1回】 2015年3月9日
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 今年3月11日で、2011年3月に発生した東日本大震災から4年が経つ。2万人近い人が亡くなり、今も行方不明者がいる。遺族や家族は月日が経とうとも、身内の「死」に思いを巡らす。

 震災から4年を迎えるにあたり、遺族3人に取材を試みた。焦点を当てたのは、遺族の男性たちの「心」である。彼らは心に傷を負いながらも、仕事をし、収入を得て、家族を養っている。私はその姿に、震災報道からはうかがい知ることができない「苦悩」を見た。その「心」に迫ることで、人が生きていく意味を問いかけたい。

 はじめに紹介するのは、震災で妻を失った男性である。妻の命を奪ったのは「自然災害」であるが、その中に「人災」があったのではないかとこの4年間、考えている。しかし、それが司法の場で、世間でなかなか認められないという壁にぶつかっている。


海にあいつがいる気がするから――。
“先生”と一緒に潜り続ける日々

高松康雄さん。女川町(宮城県)の自宅にて

 「女房を見つけてやりたくてね。海に潜っていると、女房がいるような気がして。気がするだけなんだろうけど……。たぶん、あのあたりにいるんだろうから」

 今年2月上旬、雪が降る日だった。女川町(宮城県)に住む高松康雄さん(58歳)が、自宅の居間でお茶の入ったカップを手にしつつ、震災当日から現在に至るまでを振り返った。妻の祐子さん(当時47歳)は、今も行方不明だ(「高」の字は正確には「はしごだか」)。

 妻を探すために仕事の合間に時間を見つけ、近くの海に潜っている。潜水士の国家試験にもパスした。潜るときは、「先生」が寄り添ってくれる。「先生」はベテランのダイバーで、ダイビングサービスの店「High-Bridge」(ハイブリッジ)を石巻市(宮城県)で営む男性だ。

 高松さんは、感謝の思いを打ち明ける。

 「私よりもはるかにお若いけど、立派で誠実な方でね。ボランティアとして無償で一緒に潜ってくださる。海中でも懸命に探していただける。お店のスタッフなどが一緒に潜ってくれて……俺は運がいい。何かの縁で、先生と引き合わせていただいたと思っている。女房の力かな……」

 2013年の9月から海に潜るようになり、すでに50回ほどになった。1本のタンクでダイビングする時間は40~50分。休憩を挟み、タンク2本分の時間を潜る。1日で数時間の「捜索」となる。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


3.11を忘れない~大震災4年目の「今」を問う

この3月で、東日本大震災から丸4年が経つ。大震災が日本に投げかけた課題の大きさは、計り知れないものがあった。足取りの遅い被災地の復興、安住の地を見つけられない被災者、心に傷を負ったままの遺族、再稼働の是非について議論が真っ二つに分かれる原発政策、そして今なお抜本的な議論が行われない防災計画――。いずれも多くの課題が残されたまま、時だけが過ぎ、記憶は薄れてゆく。日常で震災関連の報道が極端に減った今、我々メディアは自戒の意味を込めて「大震災4年目の今」を問いたい。3.11は決して「昔話」ではない。そう、「昔話」ではないのである。

「3.11を忘れない~大震災4年目の「今」を問う」

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