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大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~

大川小校舎保存を卒業生が強く望む理由

池上正樹 [ジャーナリスト]
【第45回】 2015年3月11日
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被災した大川小学校の校舎。「保存」か「解体」かを語り合う場が初めて設けられた
Photo by Yoriko Kato

 4年前に起きた東日本大震災で、学校管理下にあった児童・教職員84人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校。津波で被災した校舎の保存か解体かを巡って、子どもたちや遺族らが、様々なしがらみの絡み合う地域の中で、初めて「賛成」や「反対」といったそれぞれの違いを語り合える場が設けられた。

 また、参加者にアンケートを行ったところ、校舎全体の保存を望む声が多数を占めたことから、今後、地域の中では、保存に向けた議論へと一歩前に踏み出すことになる。

被災校舎は「保存」か「解体」か
初の住民協議会に120人が参加

地域住民の前で校舎保存のプレゼンテーションを行った卒業生たち
Photo by Y.K.

 むき出しになった無数の梁や捻じ曲がった連絡通路などが、津波による水圧の威力と恐ろしさを、まざまざと訴えかけてくる。

 これまで手を付けてこなかった大川小学校の校舎の問題に対し、4年を迎えるにあたって地域の意見を集約しようと、この3月8日、地域住民でつくる「大川地区復興協議会」(大槻幹夫会長)は、「大川地区復興計画(案)全体説明会」を河北総合センターで開催した。

 この日、地区長を通じて呼びかけられた対象者は、旧大川村エリア内の釜谷、尾崎、長面、針岡、福地の5地区に住んでいた700世帯余り、約2400人。そのうちの120人余りが参加した。

 同協議会は、被災校舎の取り扱い、及び校舎周辺に慰霊公園をつくる「鎮魂の森整備計画(案)」を示したうえ、第1案「解体後、跡地に昔の校舎の写真・映像をスマホ等に映し出す」、第2案「低学年棟や野外音楽堂などの施設を一部残す」、第3案「全施設を残す」の3つの案を提示。これまで「予算を市役所に要望しても、返事が来なかった。早めに言っておかないと不安」だとして、「大川地区復興計画案」策定に至るまでの経緯を説明した。

 復興計画のあり方については、9回にわたって協議会が「オープン方式で」説明会を開いてきたほか、大川小の遺族会、父母教師会、学校が立地していた釜谷地区の住民にも説明会を行い、意見を受け止めてきたという。

 そして、大槻会長を進行役の議長に選出。3つの案についての意見交換を行った。

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池上正樹 [ジャーナリスト]

通信社などの勤務を経て、フリーのジャーナリストに。主に「心」や「街」を追いかける。1997年から日本の「ひきこもり」界隈を取材。東日本大震災直後、被災地に入り、ひきこもる人たちがどう行動したのかを調査。著書は『ひきこもる女性たち』(ベスト新書)、『大人のひきこもり』(講談社現代新書)、『下流中年』(SB新書/共著)、『ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護』(ポプラ新書)、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)など多数。TVやラジオにも多数出演。厚労省の全国KHJ家族会事業委員、東京都町田市「ひきこもり」ネットワーク専門部会委員なども務める。YAHOO!ニュース個人オーサー『僕の細道』

 


大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~

東日本大震災の大津波で全校児童108人のうち74人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校。この世界でも例を見ない「惨事」について、震災から1年経った今、これまで伏せられてきた“真実”がついに解き明かされようとしている。この連載では、大川小学校の“真実”を明らかにするとともに、子どもの命を守るためにあるべき安心・安全な学校の管理体制を考える。

「大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~」

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