「私の紹介は?」

 迎春が不満気に横から口を挟む。

「あなたのことは、さっき話したでしょう」

 姉のつれない物言いに、妹が反発する。

「あれだけでおしまいなの?」

「他に何か言いたい事があれば、自己紹介しなさい」

 するとこの闊達な少女は、正面に座る隆嗣を見詰めて話し出した。立芳と違って、やや目尻が下がっているところは父親譲りで、優しさと人懐っこい性格を感じさせる。

「私は迎春、春節に生まれたからって、単純に迎春なんて名前をつけられたことが不満なの。お姉ちゃんみたいに綺麗な名前がよかったわ」

「何を言い出すんだ、迎春」

 偉良が迎春を睨むが、本気で怒っている様子ではない。この父親は言葉数少ないが、娘たちを可愛がり甘やかし気味であることが何となく伝わってくる。

「私も一生懸命勉強して、姉さんと同じように上海の大学に入りたいの。そして、日本語を勉強したいと思っていたの。でも、びっくりしたわ。だって、姉さんが日本人の男朋友を連れて来るなんて、考えもしなかったもの」

 隆嗣は折を見て立芳との付き合いの承諾を両親に願い出ようと思っていたのに、妹の迎春にあっけらかんと話されて、いささか意気込みを削がれてしまった。

「迎春さんは、どうして日本語を勉強しようと思ったんだい?」

 隆嗣の問いに、迎春が意外な答えを返した。

「父さんが、これからは日本語を勉強したほうがいい、って言ったからよ」

 寡黙でいた父親は、日本人である自分を疎んじているのかと思っていたが、その父親が、次女へ日本語を勧めていたとはどういうことだろう。

「私の公司にね、最近、日本のお客さんからの問い合わせがよく入るんだ」

 いったん箸を置いて偉良が話し始めた。

「私が会った日本人はみんな紳士で、取り引きをすると、契約したことはきちんと守ってくれる。しかも高い値で買ってくれるので、公司を挙げて日本向けに注力しようと方針を決めたところなんだよ」

「そうですか。日本人の一人として、嬉しい気持ちになります」

 社交辞令的な隆嗣の返事を聞き流したかのように、偉良は両肘をテーブルに載せ、手を組んで顎のあたりに添えて言葉を続けた。