『脂肪の歴史』――原書房の“「食」の図書館”シリーズからの1冊である。豚肉、サンドイッチ、ビール、砂糖など、今まで食べ物や飲み物、調味料の歴史を取り上げてきたこのシリーズの流れからすると「脂肪」というのは少し浮いているような気もする。とはいえあくまで「食」の図書館ということで、脂肪といってもぜい肉の方ではなく、バターやマーガリンといった食用脂肪の歴史を辿っていく。
ミシェル フィリポフ、服部 千佳子(訳)
原書房
176ページ
2200円(税別)
脂肪というとすっかり悪役のイメージだが、3大栄養素のひとつにも数えられるように、カラダにとってなくてはならない存在でもある。タンパク質や炭水化物よりも1キログラムあたりのカロリーが豊富でエネルギー密度が高いため、多くの狩猟採取社会で重要な役割を果たしている。ほとんどの伝統的な食生活において脂肪は全カロリーのうち40%前後を占め、さらには伝統的なマサイ族の生活ではその割合が約66%、イヌイットにおいては約70%に上るとも言われているそうだ。
動物性食物源への依存度が高い文化には、「ウサギ飢餓」と呼ばれる病気があるという。狩りの獲物となる動物がやせ細る晩冬や早春に脂肪分の少ない肉を摂取し過ぎると、脂肪とタンパク質のバランスが崩れてタンパク質中毒を起こしてしまうのだ。「激痛と満たされない空腹に苦しみながら死に至る」という解説だけでも充分恐ろしい。
栄養素としてだけでなく、脂肪は「象徴」としても機能していた。第1章のタイトルは「権力と特権」。貴族たちの饗宴におけるご馳走としての肉、年貢として徴収されることもあった牛脂やバター、紀元前から君主の権力を示す道具でもあったオリーブオイルなど、古代から中世にかけて社会的序列を表すものとしての役割を担っていた例が挙げられる。
さらには宗教との関わりにおける象徴としての働きについて、バターを中心に書かれている。さまざまな宗教で、バターは多産、繁栄、浄罪を象徴するとされていた。中世イングランドの婚礼では、多産を願って新婚夫婦に壺に入れたバターを贈る習慣があったという。フランスのブルターニュ地方では、結婚の祝宴で彫刻や装飾を施したバターのかたまりがいくつも飾られた。チベットでは、バターは寺院の仏像に塗りつけたり、女神像など仏教のシンボルである彫像を作ったりするのに使われる。