日本社会に存在する、日常とは一線を画す“異世界”。大阪に点在する「新地」もその一つで、かつて遊郭だった地が、建前上は“飲食店街”として現在も命脈を保ち続けている。今回はそのうちの1つ、「かんなみ新地」を訪ねた。飛田が東京でいうと銀座だとすれば、かんなみは横浜――。ダントツの知名度を誇る飛田とはまたひと味違う、独特の風情を持つ花街を覗いてみた。(フリージャーナリスト 秋山謙一郎)

爆買い中国人に席巻された飛田
日本人の“通”に人気のかんなみ新地

飛田新地より地味ながら“通”が熱視線「かんなみ新地」の猥雑住宅地の一画に小さな飲み屋が20件ほど並んでいるようにしか見えない「かんなみ新地」。仰々しいたたずまいの飛田新地とは、まったく毛色の違う新地だ 写真:秋山謙一郎

「その通りを歩くだけで勃つ。それが“新地”やがな」――。

 かつての遊郭、今は「新地」と呼ばれる地域には、「夜の遊び」に精通した男性たちにこう言わしめる妖気がいつも漂っている。

 この新地といえば、まず思い浮かべるのは、言わずと知れた“大人の男たちの遊園地”と異名を取る「飛田新地」(大阪府西成区)だろう。だが、かつては謎のベールに包まれていた飛田も時代の流れか、テレビ番組で取り上げられるなど、観光名所化が著しい。花街での遊びに詳しいタケシさん(50歳)は言う。

「中国からの爆買い客が、ぎょうさん、飛田に遊びに来よるんや。賑わうのは嬉しいねんけど、あんまり賑やか過ぎても落ち着かんがな」

 そんな花街の“通”を唸らせるのが、大阪と神戸の間、地元民からは「阪神間」と呼ばれる立地,尼崎市神田南通にある「かんなみ新地」(兵庫県尼崎市)だ。大阪からは阪神電車「梅田」駅から約25分、神戸からは同じく「神戸三宮」から約40分、「出屋敷」駅を下車、北側に歩くこと約5分の地にある。

 一見、住宅街のなかに「飲み屋」が20件ほど並ぶようにしか見えない「かんなみ新地」は、新地のなかでも最大規模を誇る飛田のような華やかさは見られない。だが夜19時を回るとやはり新地。部屋の中からピンク色の照明が妖しげな空気を放つ。

 2階建て、3階建ての、その「飲み屋」の引き戸は開かれている。そこにキャミソール姿の20代前半と思しき「お運びさん」と「やり手婆」(客引きの年配女性)がいることが一目でわかる。「飲食店の店員である若い女性(お運びさん)にお客が店で出会い、自由恋愛に発展する」という“建前”があるのは飛田と同じ。ただ、かんなみ新地の場合、店によっては2、3人の「お運びさん」がいたところもあった。

 飛田との違いはほかにもある。かんなみの「お運びさん」は、飛田のように赤い毛氈の上に置いた座椅子に座っていることはない。立っているか、もしくはバーのカウンターにあるような椅子に座っているのだ。

 そのためか飛田のような演出された「悲壮感」のようなものはなく、どこか健康的で明るい雰囲気が男たちを開放的な気分にさせる。そこに、「お兄ちゃん、うちで決めえや!可愛いいやろ!」というやり手婆の声が響く。

「どや、お兄ちゃん、何回歩いても一緒や!この子20分1万円や。もう入りいや!!」